イワン・チェンナムの中国便り
-中国兵法「三十六計」全36回(第二十六計)-

翻訳編集 イワン・チェンナム

 第二十六計 指桑罵槐(しそうばかい)“桑の木を指差してエンジュの木を罵る”

出典 《紅楼夢・第十六回》  自らの行動を通じて、隠れたメッセージを送り、それとなく、相手の行動に影響を及ぼす。

原文解釈 “大、小を凌ぐは、誡めて以って是を行う。剛中にして応じ、険を行いて順なり。”
 強者が弱者を服従させるには、力ずくで屈服させるのではなく、警告によって、その意思を伝えるべきである。強硬な態度で臨めば従順し、毅然とした行動を示せば心服させられる。

 上司が部下を教育するときも同じである。上司が権力をひけらかして部下を屈服させれば反発を買うだけである。
 実力のない者に真価なし。指揮易けれど統御難し。

考証  紀元前685年、斉の桓公は、周辺8カ国との長年の戦争に終止符を打つため、周辺8カ国との平和条約を締結すると共にその首長国になることを考えた。そのことを協議する会議を斉で開くことを各国に提案した。斉は、各国に参加する代表者の安全を保証するため、会場には一切兵隊を近づけないことを成約した。この結果、斉を含めた5カ国の君主が斉の会場に参集した。しかし、9カ国のうちの4カ国は不参加であった。このため、参加国中最大勢力の宋の君主は、全員が参加しない条約は無意味であることを主張すると共に、この会議の首長国に斉が指名されたことに不満をもって、密かにこの会場を抜け出して帰国してしまった。斉の桓公は、これに怒って宋の王を追撃することを、配下の将軍に命じた。しかし、賢明なこの将軍は、今、最強の国の宋を攻めたところで、損害が大きくなるばかりであり、もし敗北でもすれば他の同盟に参加した国までもが離反してしまう。むしろ、参加しなかった小国の一つを攻撃して、宋への警告とすべきであると進言した。この進言を受け入れた桓公は、直ちに弱小の隣国に向けて攻撃を開始した。この弱小国は、無論勝算はなく、戦う前に和議を申し出て、条約会議の不参加を詫びて同盟に参加することを受け入れた。他の不参加の国も、桓公の決然とした態度と、同盟に参加すれば許すという度量の深さに感嘆し、残りの不参加の国も戦わずして同盟に参加することとなった。この後、桓公は同盟軍を率いて宋に進撃したが、戦いに利なしと悟った宋は、自らも同盟に参加することを申し出た。桓公は、一滴の血も流さずに同盟を達成し、自らもその首長国となった。

 将軍に与えた宋討伐の命令を、意見具申によりこれを反古にした桓公の度量に注目すべきである。公衆の面前で、見栄と外聞に捉われずに、部下の建策を受け入れることは、なかなか出来ないことである。

応用事例          “原子爆弾製造の契機”
 第二次世界大戦中、米国ルーズベルト大統領の私設顧問であったサックスは、アインシュタイン等の科学者から委託を受けて、ルーズベルトと会見した。その会見の内容は、原爆に対する研究を重視することを求めるものであり、ナチスドイツに先駆けて原爆を製造し、連合国が今後の戦争の主導権を握ることであった。しかし、ルーズベルトは、この様なことは毛頭考えてはいなかった。なぜならば、当時の米国の経済は危機的な状況にあり、この研究に要する莫大な経費を支出する余裕はなかったのである。ルーズベルトは、頑なにサックスの提言を拒否したが、サックスもこの提言を引き下げなかった。ルーズベルトは、自分があまりにも強行に反対したので、その場の空気を察して、サックスを夕食に招待して関係の改善を図ろうとした。サックスは機会が再来したと思った。ルーズベルトは、その晩餐の席では物理や原爆の話を避けていたので、サックスもこれを察して、彼の趣味であった歴史の話に切り替えた。それはナポレオンの戦史であった。
 当時のナポレオンは陸戦においては、向かうところ敵なく、負け知らずであったが、海戦においては、度々苦戦をしていた。その時、ある米国人がナポレオンと会見した。彼は、ナポレオンに、軍艦のマストを取り外して蒸気機関船にし、板から鋼鉄製にすれば、海戦に勝利して、英国をも占領できることを提言した。しかし、(無知な)ナポレオンは、マストがなくてどうして操縦をするのか! 鉄鋼船が沈まないのもおかしい! と言って、この米国人を変人扱いをして追い出してしまった。この状況を知る多くの歴史学者は今も非常に残念に思っている。もし、ナポレオンがこの米国人の提言を受け入れていたならば、世界の歴史は変わっていたかも知れないからである。
 サックスは何事もなかったようにこの話を終えた。それとは対照的に、ルーズベルトは、次第にまなじりが険しくなり、何もいわずに、思いに耽っていた。これを見たサックスにも緊張が走った。この後、思いもよらぬ展開が待っていた。ルーズベルトは笑みを浮かべながらサックスに言った。“君の勝ちだ!直ちに原爆の製造チームを組織しよう!”サックスはあっけに取られた。彼は、ルーズベルトが何を言っているのか、とっさには分からなかった。そして、大統領の両手を握り締めて、“貴方の英明な決断が、同盟国を勝利に導くことでしょう!!”と答えた。
 サックスの、作戦と演技力に大統領は屈したのである。いくら良い案であっても、相手のプライドを傷つけたり、怒らせたのでは、なんにもならない。提言や具申を行うときには、話し方や態度も大切であることを、この逸話は教えている。大統領がサックスをいたわって、夕食に招待しなければ、この話は無かったのである。また、サックスも、大統領の心中を察して、あえて原爆の話を持ち出さなかったことが、成功に導いたのである。

 ナポレオンに提言した米国人にも、サックスのような気配りがあったならば、ひょっとするとナポレオンも彼の提言を受け入れていたかもしれない。
 提言の成功は、提言をする人とそれを受け入れる人との、人格のぶつかり合いでもある。
 意見具申を行なう者にも、礼儀やマナーやタイミングが必要である。ただ、すれば良いというものではない。

(第二十六計 了)