イワン・チェンナムの中国便り
-中国兵法「三十六計」全36回(第二十八計)-

翻訳編集 イワン・チェンナム

 第二十八計 上屋抽梯(じょうおくちゅうてい)“屋に上げて梯子を外す”

出典 《孫子・九地編》及び《三国志・蜀志》  敵の逃げ道を絶って、有利に戦う

原文解釈 “是を偽るに便をもってし、是を唆(そそのか)して進ましめ、その応援を絶ち、死地に陥(おと)す。”
 自軍の隙をわざと見せて、敵が有利なように思わせて、自軍の戦いやすい場所に引き込み、敵の後方支援を絶ち、逃げ道を塞いで、是を殲滅する。

 この梯子とは、敵に対してばかりで無く、自軍の梯子を自らはずして、背水の陣を引くことにより、見方の士気を高める策としても使われる。
 この梯子は、戦場の攻め口と逃げ道の両方を指している。

考証              “韓信の策”
 漢の名将と謳われた韓信は、反乱軍の平定に出陣した。韓信の軍が、黄河流域の渭河(いが)にたどり着いたとき、対岸には20万の反乱軍が待ち受けていた。渡河して攻撃することは、渡河中に攻撃を受けることになるため、双方とも対岸で睨み合いとなった。反乱軍は、持久戦により、韓信軍の疲れを待って攻撃する構えであった。韓信軍は慣れない土地の気候と兵站の補給に腐心していた。このため、韓信は、速やかな決戦を望んでいた。急遽、一部の部隊に対して上流に行かせ、土嚢で川を堰止めさせた。その翌日早朝、水位の低くなった川を韓信軍は容易に渡河でき、敵陣に攻撃を仕掛けた。敵地での戦闘であったため、緒戦において、速やかに退却を命じた。これを見た反乱軍は追撃を行った。韓信軍は渡河を終えたが、追撃の反乱軍はまだ渡河中であった。この機に乗じて、韓信は、上流で待機していた部隊に、堰き止めていた土嚢を外させて、水位を戻させた。これにより渡河中の反乱軍の半数を溺死させた。この後、半減した敵を撃滅し、反乱軍を鎮圧した。

 敵を騙すためには、見方も騙さなければならない。事前に退却の策を兵に伝えれば、退却の時期を気にして兵は攻撃に集中できなくなる。勝ち戦の最中であっても、命令一下、速やかに退却できる軍律が確立されていることが重要である。    “ 説明しなければ行動しない組織は弱い”

応用事例-1          “ロックフェラーの契約の落とし穴”
 ドイツ人のマリード兄弟は、米国に移住して、ミシシッピーに住んでいた。朝から晩まで働き、商売の資金を蓄えていった。そんな中で、彼らは、ミシシッピーが豊富な鉱山の土地であることを知り、密かにその土地を大量に買い占めていった。そして、鉄鉱会社を設立した。
 ロックフェラーも、早くから、この鉱区は垂涎の的として注目していたが、彼らに一歩及ばず、手に入れることが出来なかった。しかし、この鉱区を手に入れることを諦めたわけではなく、虎視眈々とその機会を狙っていた。1838年、米国に第一次経済危機が起こり、市場は低迷し、マリード兄弟の会社も資金難に苦しみ苦境に陥っていた。そんなある日、地元の牧師が、兄弟を訪問した。色々と話をするうちに、兄弟は、この牧師は信用の置ける立派な人物であと思い込み、その後も、幾度もの訪問を受け、心を開いて、現在の兄弟がおかれている苦境や困窮について牧師に語った。これを聞いた、牧師は彼等兄弟のために、資金を用立てることを申し出た。兄弟は狂喜してこの申し入れを願い出た。牧師は一枚の便箋を取り出し文面をしたためた。そこには、“本日、マリード兄弟に42万ドルをコ-ニ-借款し、利息は3分、口約束とせず、これを証文とする。” 兄弟は、この文面を読んで、間違いの無いことを確認して、喜んでこの便箋にサインをした。
 半年ほど経ったとき、牧師が兄弟を訪問した。そして、深刻の表情で彼らに告げた。“私の友人のロックフェラーから今朝電報が届き、42万元を直ぐに返せと言ってきたので、あの、貸した金を返してください。”兄弟は、既に金は鉱山の運転資金として使ってしまっていた。金を返せるわけが無く、なす術も無く法廷に引っ張り出されてしまった。法廷では、原告の弁護士は次のように述べた。“この借用書の書き方は、明確である。借用は、コ-二-借款である。 法律上は、コ-二-借款とは、貸し方が何時でも資金を回収できるとするものである。そのために、他の貸付よりも利息を安くしているのである。米国の法律に従い、借款人は直ちに金を返すか、さもなくば破産宣告をすべきである。”兄弟は、破産宣告をせざるを得なかった。鉱山は、ロックフェラーに52万ドルで売り渡された。数年後、鉄鋼業界の激烈な争いの中で、ロックフェラーは、その鉱区を1941万ドルでモルガンに売り払った。これでも、モルガンは安い買い物をしたと考えた。

 一般には、“梯子を外すこと”のみが強調されているが、これは結果論であって、まずは、“梯子を差し出す”ことが重要である。差し出された梯子が、いつ何時にも外されても大丈夫なように、常に警戒を怠ってはならない。“困った時の梯子は、神がくれたものと思い、直ちに飛び付きたくなる。” 頑丈な安全な梯子ばかりではない。

応用事例-2      “先に試させてから買わせ、先に送ってから売る”
 アルゼンチンの繁華街に、ある日、中国の観光団が訪れた。そこのキャンデイ屋の店の前でなんとなく立ち止まった。これを見て喜んだ店主は歓迎の態度を取って客を呼び込もうとした。早速、団体客は店の外から、中を覗き込んだ。この機を逃さず、店員の子が、お盆いっぱいにキャンデイを載せて客のところにやってきた。そしてやさしく甘い声で“これは、当店特産の甘くてさっぱりとしたキャンデイです。無料ですから、どうぞ遠慮せずに好きなだけ召し上がってください。”客にとっては、このような行為は辞退しづらいものであり、何人かの客は遠慮なくこれを食べた。そして、店内に入って、店の中を見て回った。しかし、あまり買いたいと思うような品はなかった。そのときまた、無料のキャンデイを差し出されたため、何も買わずに店を出にくくなって、仕方なくキャンデイを買わずにはいられなくなってしまった。
 この店主は、客にキャンデイを買わせるために、自ら無料のキャンデイという“梯子”を置いたのである。そして、客が何も買わずには帰れないような“梯子”を外してしまったのである。(買った客だけが帰れる梯子を準備した。)

 梯子は、客の心の中にも架けられる。梯子は、有形無形のものがある。
 “先に試して買う”ことは、売り手側が、客の買い気をそそらせるための策である。興味の無い客に“梯子を掛けて買う気にさせる”かが腕の見せ所である。
 指揮官には、多種多様な梯子の準備が求められる。作戦のためにも、指揮統率のためにもである。

(第二十八計 了)