イワン・チェンナムの中国便り
-中国兵法「三十六計」全36回(第三十一計)-

翻訳編集 イワン・チェンナム

 第三十一計  美人計(美人計)“美人の計”

出典 《六韬・文代》 “乱臣を養いてこれを迷わし、美女の淫声をもってこれを惑わす”

原文解釈 “兵強きは、その将を攻め、将智なるは、その情を打つ。将弱く兵崩れればその勢い自ら萎まん。利をもちて寇を御し、順にして相保つなり”
 強大な敵に対しては、その指揮官を狙い、その指揮官が智謀に長けていれば、策を弄してやる気を失わせる。指揮官を弱めて兵を狼狽させれば敵の戦力は自然と衰える。相手の弱点を利用して攻めれば、自ずと勝利の道が開けていく。

考証  紀元前2千年、漢王朝の時代、冷酷な武将として恐れられた董卓は、漢王朝に傀儡皇帝を立てて圧制を敷いていた。しかし、彼もまた有能な部下の反逆を恐れていた。このため、自軍の中で最も有能と認めていた部下の呂布を養子にして、更なる軍の結束を図って反逆の芽を摘んで万全の態勢を誇っていた。しかし、ある地方の役人が、董卓に反乱の疑いをかけられているのではないかと恐れて、密かに董卓の失脚を狙っていた。
 このため、この役人は、まず、絶世の美女を探し出して、呂布に引き合わせ、呂布の関心を得させて、呂布から彼女を妻にしたいとの申し出を受けて是を承諾した。一方において、同じ美女を、董卓にも引き合わせて、同じように董卓の関心を得させて、董卓から彼女を妾にしたいとの申し出を受けてこれも承諾した。このようにして、役人は、一人の美女を通じて、当代二人の最大権力者の影響力を手に入れた。そして、この役人は、美女を通じて、二人が争うように画策した。すなわち、美女は、双方に“自分を守ってほしい”と告げた。二人とも、お互いが美女の意思に反して、無理やり美女を奪い取ろうとしているものと思い込んで、不信感を高めていった。双方共に、美女を譲らず不信感は敵対心へとエスカレートしていった。遂に、呂布が董卓を殺してしまった。役人は、身の安全が図られ、漢は呂布により董卓の圧制から開放された。

 相手が欲しているものをちらつかせることにより、相手を思い通りにコントロールすることが出来る。あるときは、美女であり、あるときはお金や品物であったりする。相手の欲しているものは、多種多様であり、一種類とは限らない。酒、女、ゴルフ、貴金属、地位、名誉、健康等々あらゆるものが対象とされる。この美人の計の“美人”とは、単なる美しい女ばかりではなく、“相手が欲する全てのもの”を対象としている。
“聖者は、自己の欲するものを他人に悟られはしない”

応用事例       “マイクロソフト社の新ビジネス”
 1995年頃、マイクロソフト社は、自社のビジネスがインターネットと深く結びついていることを悟った。このための新ビジネスの展開を図った。
 しかし、マイクロソフト社が自社のインターネット・サービス・プロバイダー(IPS)ビジネスを展開する過程において、米国政府は、マイクロソフト社のIPSビジネスを、競合他社と同等の条件で競争することを命じた。これによって、マイクロソフト社は、従来のように、「ウィンドウズOSとの優れた互換性を前面に押し出す」というウィンドウズの優れた資産を活用することが出来なくなった。しかし、マイクロソフト社は、自らの影響力を行使するために別のビジネス手段を考えていた。即ち、顧客が新しいパソコン(PC)を購入するときに、顧客がインターネットにアクセスするためのプロバイダーを選ぶ時にはPCを販売する小売店が大きな影響力を持っている。そこで、マイクロソフト社は、小売店の運転資金をちらつかせて、顧客に対して自社のプロバイダーの紹介を迫っていった。事実、マイクロソフト社は、大手のPC小売業者への投資を次々と行っていった。
 ラジオジャック社に1億ドル、ベスト・バイ社に2億ドルを投じた。これにより、後発会社であったマイクロソフト社は、6年後にはトップクラスのIPS事業者となった。

 交渉は、相手が欲しているものと当方が欲しているものとの交換条件が合致することが、その成否を決定する。競合他社も、条件闘争を仕掛けてくる。相手が欲するものを多く提供できた者が勝利者となる。
 折衝、交渉、調整、合議、会議等は、全て目的が異なる。集まって話せば良いというものではない。

(第三十一計 了)