イワン・チェンナムの中国便り
-中国兵法「三十六計」全36回(第三十二計)-

翻訳編集 イワン・チェンナム

 第三十二計  空城計(くうじょうけい) “空城の計”

出典 《孙子・虚実編》 《三国志・蜀書。諸葛亮傳》
 あえて自分の情報をあたえて、相手の行動を翻弄する


原文解釈 “虚なるは是を虚とし、疑の中に疑を生ぜしむ。剛柔の際、奇にして奇なり”
自軍が劣勢のときにはあえてこの劣勢を敵に見せ付けて、敵に自軍の劣勢が本当なのかどうかを疑わせる。これによって、戦闘中に思わぬ活路が開けることがある。

考証  三国時代の西暦220年~280年、蜀と魏が交戦状態にあった。当時、蜀は魏によって劣勢な状況に追い込まれており、蜀の軍勢は、各地において戦闘状態にあり、蜀の都は僅か2500名ほどの兵力によって防備されていた。この状況を察知した魏は15万の兵力をもって、蜀の都の攻撃に向かった。蜀の都の兵は、圧倒的な魏の兵力を前にして狼狽し浮き足立っていた。
 しかし、蜀の皇帝は、少しも騒がず、僅か2500の兵を城門を開いたままにして、そこに立たせると共に、残りの兵には住民に変装させて何食わぬ振りをさせて、市内の掃除をさせた。皇帝自らは、望楼に登って、香を炊いて楽器を奏でた。魏の偵察隊は、この状況を魏の指揮官に報告した。魏の指揮官はこの状況が信じられず、自らも偵察をした。そして、彼は“蜀の皇帝は用心深く策略家と聞いている。何か巧妙な策が無ければ、このような大胆な行動は取らないはずである。”と考え、攻撃を取りやめて撤退をした。魏の皇帝は、自軍の僅か2500の兵士と自らの香と楽器によって、15万の魏軍を退却させたのである。

 とかく、物事は本質ではなく見かけで判断される。外見を繕うことによって、ほとんどの場合は、それで通用してしまう。
 生死をかけた場面において、大胆かつ巧妙な策は、よほどの気概がないと、外見の行動と態度が一致しないものである。
 皇帝が緊張して、弾く楽器の音色に乱れがあれば、この策は露見してしまっていたであろう。 指揮官の“見栄っ張り(豪胆さ)”は大切である。

応用事例-1           “あえて高値での商売”
 1987年、上海の日用雑貨店で大量の粉石鹸の在庫を抱えていた。10%引きの値段にしても売れず、店長も困り果てた。考え抜いた末に、店長は、店の前に大きな張り紙を出した。“本日より、粉石鹸を特別販売いたします。お一人様、一袋限りです。二袋以上買われる方は値段を5%割り増しにいたします。”
 通行人がこれを見て、いぶかしがって、その理由を詮索したり話題にしたりした。“本来、物は安く売るのに、なぜ沢山買ったほうが高くなるのだろうか・・・” “きっとこの粉石鹸が品切れになるのではないか?”“この粉石鹸の評判が良いからではないのか?・・”等々。
 このような評判が立ち、数日のうちに、客達は次第にこの粉石鹸を争って買うようになった。一人一袋であったので、家族や友人まで動員して買い求める客まで現れた。こうなると客が客を呼んで、店はこの粉石鹸を買い求める客で行列が出来てしまった。たちまちのうちに、粉石鹸を完売してしまった。

 作戦は、心理戦であり、相手の心理を読み取ることが鍵となる。物不足のときの販売は容易で、物余りのときの商売は難しいが、方法次第では、売れるのである。劣勢の戦いが苦しいのは当たり前である。
 絶体絶命などということは絶対にない。もし有ると思うときは、自らが、“空城計”に嵌ってしまっているのかもしれない。

応用事例-2           “何事もタイミングである”
 米国のウェーニソン社は、長年の研究開発の甲斐あって、スプレー式のクリーニング剤の製品化にこぎつけた。大量の資金を投入して、本格的な生産に入り、製品名は“処方409”(*中国語訳をそのまま引用)とした。この製品は、使いやすく、汚れを落とす力が強力で、特に家庭内やガラス窓用として、急速に消費者に受け入れられていった。1960年代には、米国市場の50%を占めるまでになっていた。どんな商品でも、ヒット商品が出れば、これの類似品が出回ることは当然であり、“処方409”についても例外ではなかった。その類似品の中でも有力な対抗品が“新奇”(*中国語訳をそのまま引用)であった。この“新奇”は米国のパークドハンバー社が製造販売していた。この会社は、米国では有名な大手雑貨会社であり、財力も絶大であり、老舗としての豊富な経験と組織力を有していた。
 “処方409”側としては、現在は全米において売れており、品質もよいので、販売そのものには問題は無いが、“新奇”側に比べれば、財務基盤が弱小であった。このため、“新奇”側が、本気で同種の“新奇”を大量に市場に投入すれば、いかにこれまで評判が良かった“処方409”といえども、“新奇”には太刀打ちできないと思われていた。しかし、“処方409”側もこの状況を黙って見過ごしてはいなかった。彼らも、冷静に市場を調査して、“新奇”を迎え撃つ策略を練っていたのであった。
 “新奇”側は、この製品を売り出す最初の試験市場として、デンバー市を選んだ。この都市は“処方409”が最も良く売れている都市でもあったのである。“処方409”側は、周到な準備の後、計画を実行に移した。
 デンバーの販売店はいつもどおりの時間で店を閉じようとしていた。店員は、本日最後の一瓶となった“処方409”を客に渡した。他の客が店員に尋ねた。“処方409はまだありますか?”“申し訳ありません。本日はもう売り切れました。”デンバーの町では、どの商店もこのような状況であった。客達は、いつも使い慣れている“処方409”を買うことが出来なくて困っていた。この“品切れ状態”にすることが、“処方409”側の作戦であった。このときが、まさに“新奇”が発売される直前であった。小売店は納品が止まっている“処方409”商品の提供を催促していたのであったが、あえて数日間は納品が停止された。このような状況の中で、まさに“新奇”が販売された。各家庭は急遽、こぞってこの新しい類似品を買い求めた。“新奇”は、この試験市場において成功を収めたことを早々と本店に報告した。“新奇”本社は、この報告により、全面的な生産の開始と全米への販売を決定した。この“新奇”側の行動を知ったとき、“処方409”側は、相手が自分達の術中にはまった事を読み取ってほくそ笑んだ。そして、直ちに、次の仕上げの行動に移った。この“処方409”の品切れの限界の時期を見計らって、16オンスと半ガロンの大型容器の“処方409”を、大広告を打って、通常より低価格で全国において一斉に販売した。主婦達は、いつも使い慣れている“処方409”が安値で売られたため、このときとばかり、こぞってこれを大量に買い求めた。この販売量は、各家庭が半年は買わないで済むほどの量であった。しかし“新奇”側は、この状況を全く知らずに、大量生産と全国展開販売の計画を推進し大広告を流し続けていた。
 “新奇”の社長は、事業の朗報を悠々と待っていた。しかし、一ヶ月が過ぎたとき、期待に反した報告が入ってきた。“新奇の製品がさっぱり売れず、予想に反している。” 暫くして、“新奇”は、売り場の棚から消えて再び戻ることは無かった。“処方409”は、業界における地位を不動のものとした。

 この“処方409”の作戦において、もし、“処方409”の品切れの時期と“新奇”販売時期における“処方409”の再販売時期のタイミングが間違っていたならば、“新奇”に付け入る隙を与えていた可能性は十分にあった。
 まさに、リーダーの周到な準備と判断と決断が功を奏したのである。
  指揮官の重要な役割は、“戦機(戦いのタイミング)”を図ること。

(第三十二計 了)