硫黄島 戦後未だ!(硫黄島遺骨収集帰還事業に参加して)
第五話(その2) 硫黄島見聞録

山下 輝男

 硫黄島滞在間に見聞した事項をまとめたものであり、2分割にして記述する。往時の状況に想いを致すとともに、硫黄島とは如何なる所かをも知って頂ければ幸甚である。


(その2)

(9)再会記念碑(日米友好の碑)

   
 苛烈な戦いを演じた日米両軍が、40年の歳月を経て再び会い見えたのを記念した碑で、爾来当地において日米両関係者参加のもとセレモニーが例年実施されている。

(10)米軍関係の碑等

   
(左から)
①摺鉢山山頂海兵隊上陸記念碑、この地は米海兵隊にとってメッカである。ピュリツアー賞を受賞した海兵隊員が星条旗を立てる場面はこの地であるが、当初の旗が小さく急遽大きな旗に変更して撮影したらしい。兵隊の数も当初は5名であったが、一名が不始末を仕出かしたとかで、抹殺されたらしい? ②記念碑の手前に米海兵隊員の認識票あり、先輩海兵隊員を見習う為に残置している由。③星条旗を立てた場所の記念碑

 

摺鉢山から元山に至る途中に建立されている第5海兵師団の仮埋葬地

 

 米海兵隊宿営地に近くにある壁画である。何故か、無数の弾痕がある。何故、お前等だけが英雄なのだとのベトナム帰還米海兵隊員の嫉妬とも妬みとも考えられる。人間は斯様に複雑なものかと感じ入った。


(11)平和祈念墓地公園

 旧島民墓地に平和記念公園が建設されている。平成6年2月12日、今上天皇皇后が行幸啓されたのを祈念した碑が平和記念公園入口に建立されている。公園は総施工費2億円とか。軍属として徴用されて戦没した島民のお名前が刻まれている。その横には硫黄島由来記なる碑が建立されている。旧島民墓地を窺わせるお墓があり、線香とお花が絶えない。本公園近くにある旧島民の為の滞在宿舎があり、滞在者が手向けたのだろう。最後の写真は公園から摺鉢山を遠望したものである。公園内のヤシの実が熟れているのか黄色くなっていた。椰子の水を飲んでみたくなった。敵わぬ夢か?(追記:後日頂戴した椰子の実は本公園の物)
   
 

2 風物等

(1)島唐辛子

(硫黄)島唐辛子はやや小振りながら、沖縄・奄美大島さんに比し更に辛く、巷ではで天下一品と評され、貴重品とされる由。今年は豊作とか。
  頂いた島唐辛子の写真。

(2)植物

ハイビスカス、竜舌蘭や合歓の木が群生し、或いは名も知らぬ珍しき植物あり、見知りし花も。デイゴの花も何年振りだったろうか。
     
     

(3)鯨の潮吹き

 収集現場から鯨の潮吹きが見られれば幸運(海自幹部の話ではホエールウオッティングが確かに可能で、夏場が多い(?)。23日(月)の作業中に潮吹きらしき水煙を2,3回遠望できた。

(4)至る所硫黄の噴気あり

 

(5)金剛岩

 
奇岩、金剛岩とその周辺状況 噴出した硫黄が堆積したもの 表面温度数十度C、 最高128度Cとか。

(6)硫黄ヶ丘

 主陣地南と西地区隊の境界上にある、戦前硫黄採掘工場があった場所。今でも数か所噴気、別府温泉の地獄と同じく激しく泡立つ様相の個所もあり。生卵が欲しかった。
     

(7)鶉石

 硫黄島とイタリア(?)にしかないという「鶉石(うずらいし)」なるものが上陸海岸と東海岸にあるとのことであった。南海岸で発見される石は小豆大だが、東海岸はやや大きいらしい。右の写真影の部分に注目。
 

(8)太鼓の音

 夕食の帰りに、太鼓の音がするので何かと問えば、基地の太鼓同好会の練習だと云 う。厚木基地祭に出演する他、小笠原村小学生が平和学習(例年6月頃?)の為に硫黄島を訪れた際に太鼓演奏(浜千鳥)を披露するのだという。

(9)小笠原大蝙蝠

 小笠原大蝙蝠が棲息している(?)11月参加者によればバナナの木に多数ぶら下 がっていたという。

(10)小動物

 壕内での作業中、百足をよく見かける。時にはヤモリも居る。毒をもった小さな蟻も生息しているという。噛まれると手袋がはめられない位に膨れ上がる。液体ムヒが効くとか。体長5cmほどの小さなサソリを、1月28日(土)見かけたが、後にも先にもその一回限りで有った。
 当初の頃実施した地域ではゴキブリが多かったが、中盤以降では殆ど見かけなかっ た。棲息壕の棲み分けが出来ているのか?

(11)セイロンベンケイソウ

 セイロンベンケイソウなる花が自生していたとかで、見つけたご遺族が安置室に供えるべく摘んでこられた。葉から根(芽)が数個出るそうで、乾燥には強く、とても繁殖力が旺盛なようだ。葉から芽が出るので「ハカラメ」と呼ぶとも。
 

(12)レモングラス

 レモングラスなるものが空自基地の資料館売店に展示されていた。コカやデリスに続いて島で栽培が始まったのが、レモングラスであり、主にオイルに精製されて香料の原料にされたとのこと。干したグラスを折って臭いを嗅げば、仄かにレモンの香りがする。

(13)硫黄島神社

 硫黄ヶ丘の近く大正小学校跡に隣接した場所に硫黄島神社が再建されている。神社の前は広場となっており、祭礼の時には賑わったことだろう。また、雨乞いの祈りも度々執り行われたのだろう。
 

(14)久々の藪攻撃!

 上陸海岸の最右翼の状況及び海岸の状況を確認すべく海岸まで降りたは良いが、帰り道がなく、往生し、一般方向を定めて藪攻撃となった。普通科中隊長以来の藪攻撃だった。

(15)椰子の実!

 今回の僕等の働きに対し、感謝の意を込めて、旧島民の会のM氏から椰子の実の差し 入れがあり、何時ものメンバーで頂いた。経験者によれば、水と果肉がやや少ないようだとの事なれど、小生初体験で感動の一瞬であった。水は薄めのポカリスェット、果肉は確かな甘みはなく、それ程美味しいものではないと云ったところだろうか。椰子の実を食しながら、今回の派遣団の反省・慰労会を実施した。硫黄島最後の夜は斯様にして終わった。
   

(16)現代文明を見直す契機となりしか?

 携帯・スマホ通じず、テレビ・ラジオも中々に、公衆電話も少なく、ましてNETにもアクセスできず、情報途絶となった。が、これは、文明の利器に毒された己を顧みる機会なったのかも知れない。今迄は帰宅したら見たくなかろうがテレビのスイッチをONにしたものだが、部屋が無音というのも気になるところだし、寂しいものだ。また、今の時代テレカが必要とは恐れ入りました。
 真偽は未確認ながら、2017年2月末からは、auもDoCoMoも通話可能だという。日本三大キャリアの二強に、国内不通地域があるというのは情けない話ではある。何れにしても、夜間をどう過ごすかが重要だ。有り余る時間の有効活用が肝要である。英霊に想いを馳せ、酒を酌み交わすのも良かろう。
 参考までに記せば、スマホは圏外であり、通話機能は使えないが、アラームやタイマー機能は重宝した。然しながら、圏外の場合特にバッテリー消費が激しいようだ。(必死に中継局を探すのか?)充電頻度が多くなった。

(17)朝日と夕陽、そして月星

 満天の星空、オリオンが特に大きく見えるから不思議だ。朝日夕陽も素晴らしく2階の横踊り場に集まって皆で感嘆を上げる。夕陽の写真も撮りたかったが、基地のアンテナ類が写し込まれるので断念。写真は洋上から朝陽の上った瞬間・・。摺鉢山の山頂に懸かる月も良い写真があればと思ったのだが・・上弦の月が本土で見るよりも横に寝ていた。緯度が違えば見え様も違うのだろうか?

(完)