平成20年岩手・宮城内陸地震出動記

NPO法人 救助犬訓練士協会 山田道雄

6月14日(土)

平成20年6月14日土曜日の午前8時43分頃、東北地方を中心に震度6強(マグニチュード7.2)の強い地震が発生、「岩手・宮城内陸地震」と命名された。

震度5強以上の場合はまず出動準備という当協会の出動マニュアルに従い、自宅でTV等により情報収集を行いつつ出動の支度をした。当初被災地が中山間地域ということもあり山やがけの崩落、集落の孤立等の情報が多かったが、午後になって多数の死者、行方不明者の情報が入ってきた。

あいにく理事長は海外出張で不在なので訓練担当の大島訓練士と連絡を取りながら出動を決心、出動服姿に3日分の食料、水と安芸号を載せて藤沢市の本部へ。
第一陣は人員4名(大島、山田、島津、高嶋)、救助犬4頭(あかね、ディナ、安芸、キュウ)、車両2台で出動することになり、15時25分藤沢を出発する。

 それまでの被害状況から東北自動車道経由、宮城県栗原市の対策本部(市役所)まで進出することにした。
途中、那須高原サービスエリアで休憩、終点の築館インターまで通行止めもなく順調で、警察・消防の広域緊急援助隊の車両数台に出会う。

21時半頃栗原市役所の対策本部に着き、救助犬ボランティアの申告をし、対策本部からはとりあえず待機して欲しいとの指示。時々起きる余震の中、翌朝からの出動準備をして、2名は市役所駐車場内の車内で、2名は情報収集を行いつつ本部付近で仮眠することにした。

本部にある大きな地図に表示された被害状況をメモしていると、スタッフから救助犬の能力や、ヘリによる移動の可能性等二、三の質問を受けた。
犬は人の入れない危険区域での活動も可能であること、ヘリによる移動については人犬ともに訓練済みであり問題ないこと等を説明する。

深夜になって、花山地区の工事現場のがけ崩れで行方不明になっている作業員1名の捜索をしてほしい旨連絡があった。国道は寸断されているので、翌朝7時花山中学校臨時ヘリポート離陸の予定、細部は早朝4時半からのヘリ運航調整会議で決定とのこと。

6月15日(日)

早朝、市役所を出発し花山中学校へ。出発1時間前の6時に着き、臨時へリポートで発着管制をしていた陸上自衛隊の指揮官に申告すると、我々のフライトについては何も聞いていないという。
多分早朝の運行会議の結果がまだ現場に下りていないのだろうと、花山支所に詰めていた先任者らしい1佐の人に事情を話し、とにかく現場行きのヘリ便の設定を依頼した。

1時間以上遅れてやっと陸自のUH‐1ヘリに搭乗することが出来、現場に向かう。
機は約10分で山中の駐車場らしい狭い臨時へリポートに着陸した。
降りる時手持ちの地図で現場を確認したら、同乗していた3佐の連絡幹部らしい人が地図を指し、山上に向かって数百メーター行けば目的地だと言う。
便乗の日本赤十字の隊員を含め一行5名4頭は、道路のあちこちに亀裂や崩落のある静まり返った国道395号線を歩き始めた。 しかし、現場にはなかなか行き着かない。30分ほどして「これより秋田県」の標識が見えた。

本部でもらった行政地図で確認すると、現在地は宮城・秋田県境の花山峠で現場まで約16キロある。
初動時の現場には良くあることと、気を取り直し歩いて山を下り現場まで進出することにした。
途中上ってくる民放TVクルーにすれ違い、インタービューされる。上空に飛来する取材ヘリが頻繁となり、1時間ほどすると大きながけ崩れ現場に遭遇した。

その現場は国道ののり面が、高さ約250㍍、幅約50㍍に渡って崩壊し、土砂は道から約200㍍下の谷底まで達している栗原市花山の湯浜地区。
昨夜までに車2台が見つかり2人が救助、1人が遺体で発見された。

更にもう1台巻き込まれている情報があるという。現場にはすでに自衛隊員90人のほか、宮城・福島・神奈川三県警の部隊約40人、宮城県の救助犬NPOの犬3頭が到着していた。
結局、対策本部の指示によりこの現場で3台目の車両の捜索を行うことになる。2頭が神奈川県警の指揮下で反対側の小さな崩落現場を、2頭が福島県警指揮下で宮城県救助犬チームと合同で主崩落現場の捜索を行った。

二次災害の危険があるので人は崩落斜面の中には殆ど入れなかったが、安芸号は谷底から約60度の急斜面を臆することなく駆け上り嬉々として捜索をした。
朝から何も餌を与えていなかったが、若干の給水のみで体力的にも十分。計1時間半の救助犬捜索で時々散乱している遺留品に興味を示したが、特に生体反応はなく作業は昼過ぎに終了。

二次災害の可能性もあるので、救助犬の捜索をもって部隊は撤収することになり、朝降りた臨時へリポートに集結した。
携帯電話が圏外のため自衛隊の衛星電話を借り、本部に次の任務の指示を仰ぐ。
本部からはとりあえず最寄りのヘリ便で帰投せよとの指示。

2時間近く待って迎えのヘリが飛来した。今度は小型の消防ヘリだったが、犬たちは大喜びで先を争って乗り込む。
ヘリを待つ間、顔見知りの神奈川県警機動隊の人たちと予期せぬ出会いをした。
最初は犬を警戒していた自衛隊員の人たちも犬に慣れ、触れ合いによりつかの間の癒しになったようだ。
機は十分のフライトで花山中学校に着いたが、途中の景色は朝見た時よりも深刻に見えた。
16時過ぎ本部に帰着、状況報告をしたが、この日は特に新たな任務は付与されなかった。

6月16日(月)

1日目の現場―河北新報20年6月16日から

この日の任務は、土石流で押し流された「駒の湯温泉」旅館の行方不明者4名の捜索。
午前6時、前日と同じ花山中学校臨時ヘリポートから現場に進出。今度のヘリは陸自最大のCH-47「チヌーク」で、4名4頭の救助犬チームのほか、警察の広域緊急援助隊の部隊約30名が乗り込んだ。

隊員たちは皆シャベルのようなものを携行している。
陸路の交通途絶した状況下、重機等の器材が使えず手作業に頼らざるを得ない厳しい現場が予想される。

上空からみる被災地は、想像を越えて凄まじい。大きな山が丸ごと崩落、陥没していて、まるで以前から禿山が点在しているよう。
大型ヘリは初めての安芸は最初着陸時に二三回吠えたが、その後は静かになった。

10分程度のフライトの後、無人化した観光ホテルの駐車場に着陸する。
今回は入念に着陸場所を確認し、臨時へリポートから現場まで陸自隊員を案内役として付けてもらっていたので、徒歩約15分で難なく現場に到着した。

陸自22連隊と東京消防庁の現場指揮官が丁寧に現場の状況を説明してくれる。
川のほとりにあった旅館の建物が対岸の山腹からの土石流で分断され、100メーター近く流されたという。
壊れた家屋の一階部分は殆ど土砂に埋まり、陸自隊員が人海戦術で水混じりの砂泥を排出している。
しばらくして作業を中断、現場指揮官の要請により救助犬により一階部分の捜索を実施。

安芸号、あかね号、キュウ号の3頭とも反応なく作業は再開された。
小一時間後、旅館の玄関付近の砂泥の中から4人目の遺体が発見され慎重に搬出される。
マスコミのヘリコプターと取材陣の数が急に増え、人も犬も泥だらけになって現場から引き揚げる疲れ切った姿を撮影される。続いて、別の場所で発見された家屋の屋根部分が半没している新現場の捜索を行った。
土石流は家屋の一部とともに崖で止められ、その先端部には水が溜まり小さな池となっている。
救助犬4頭を投入して約1時間捜索、最初3頭に鈍い反応があった。

付近の陸自隊員に離隔してもらって再度捜索したところ、今度は安芸号のみが執着した。

水の中を覗き込み僅かに尻尾を振っている。
がれき捜索における生体の臭気を咆哮告知する直前の仕草に似ている。
しかし、訓練は生体のみでしか実施していないので、遺体臭気に対してはどのような反応を示すのか人も犬も未経験の分野である。

この建物は旅館別棟で客室があり、行方不明になっている従業員が当時掃除に入っていた可能性ありとの情報を入手。現場周辺の排水をした後再度入念に捜索を実施する。
安芸は度重なる捜索作業に飽きてきたのか、以前のような反応は示さなくなった。
この辺が土石流やがけ崩れ等、生体の臭気を感知出来ない現場での救助犬の限界か。

早朝からの捜索で犬の方はかなり消耗し、特にあかね号は疲労が激しく、ディナ号は後ろ足を負傷してしまった。
日没でその日の捜索を打ち切ることになり、陸自指揮官に帰りのヘリ便の手配をお願いする。
程なくして、迎え便は18時に朝降りた場所に来るとの連絡を受けた。

人も犬も下半身泥まみれになり、ともかく犬だけでもと乏しい消防ホースの水で犬を洗っていたら、近くの陸自隊員が貴重な飲料水缶を何個も提供してくれた。
また、山上の臨時へリポートまで徒歩で移動を始めたが、ディナ号は足を引き摺っているので近くの隊員に負傷犬の輸送をお願いしたところ、二台のジープを出してくれ結局全員を運んでくれた。
わずか1日であるが土石流の中で苦労をともにした「戦友愛」に感謝。

救助犬訓練士協会では韓国から帰国直後の理事長以下による交代チームを準備していたが、災害対策本部の方針に従い地震発生後72時間を経過する3日目朝をめどに撤収することになった。
21時現地を出発、深夜東北自動車道を南下し、翌日未明人犬共に異状なく藤沢市の協会事務所に帰着した。

2日目の現場―朝日新聞20年6月16日夕刊から

2日目の現場―毎日新聞20年6月16日夕刊から

成果と教訓

正味2日の捜索作業を含め4日間にわたる今回の災害出動は安芸、ハンドラーともに初めての実任務であったが、9月の韓国での出動チーム認定試験(MRT)を控え貴重な経験となった。
また、今回救助犬を積極的に活用してもらい、最近徐々に認知されつつある災害救助犬の存在が、新聞テレビ等で広く報道され、一般国民への良い啓蒙の機会となった。

今回の教訓から、対策本部には早い段階から救助犬担当者をスタッフとして配置し、捜索計画への助言、救助犬グループの調整を行わせるのが望ましい。 (このスタッフは、現場に集結した救助犬グループの代表者を充当することで十分)

次に、大きな成果の一つとして救助犬の能力と限界を身をもって体験することが出来た。
2次災害の予測される危険な現場でも、人は入れなくとも救助犬の投入によってある程度の捜索が可能であり、その結果をもって部隊の撤収や重機の投入等の判断材料になりうること。

一方、倒壊家屋や瓦礫の現場では生存者の臭気や鼓動を感知して救助犬の捜索も容易であるが、土石流のように完全に密閉された現場では限界があり殆ど成果は期待できないこと。

災害現場への進出は民間団体では諸々の制約があり、自衛隊・消防・警察等の支援が不可欠である。
今回も現場への往復はすべて自衛隊・消防ヘリであり、普段からこれらへの搭乗訓練を実施していたことが大いに役に立った。

一方、救助犬チームとしては最低の自活・自立能力が不可欠であるが、今回は国内出動と甘く見て韓国でのMRT用に購入したばかりの携帯GPS装置と精密な現場周辺の地図を携行しなかったことは反省事項となった。

捜索活動を終えて