国連救助部隊として初参加!
スマトラ島沖地震救助犬出動記

救助犬訓練士協会理事長 村瀬英博

活動記録

2009年9月30日、日本時間19時16分(現地時間17時16分)、南緯1度37分 東経99度15分 深さ約75kmを震源にM7.5~7.6の地震が発生、スマトラ島・パダンの街に大きな被害を与えた。

スマトラ島沖地震

10月1日

IRO極東地域の代表、韓国サムソンのリーダー、ジョン・チョイ氏より「IROはMRT合格チームに対し、インドネシア出動の意思があるか照会中」の電話をもらう。すぐにIRO本部と交信、出動の意思がある事を伝えた。
「ヨーロッパはチャーター機で、その他はパダン空港に集合、受入所(RDC)を設置する」と連絡が入る。

我がRDTAはMRT合格チームリーダー島津芳明、おなじく合格チーム村瀬英博&エロス号。後方支援者として大島かおり、予備捜索犬としてB段階合格犬アカネ号、計3人2頭での出動を決定した。
出国に関わる犬の検疫は、夜のうちに全ての書類を成田に送り受領完了した。

10月2日

チャーター機で現地着

朝、航空チケットの無いまま成田空港に到着、ジャカルタ便を求めガルーダ航空に行くも、直行便が無い為JALのカウンターにて14時10分発725便を確認、旅行代理店に連絡、ディスカウントチケットと犬の輸送手配をお願いし、クリヤーする。

その間、国内渉外担当事務局顧問海自OB山田道雄が外務省及びインドネシア大使館、JALなどへ出動に対する支援を求めた。

同日出発までの間、チームリーダー島津芳明もドイツシェパード犬協会(SV)にお願いをして、インドネシアシェパード犬協会へ我々の活動支援を求めたところ受諾され、現地ボランティア組織「TzuChi」の協力が得られる事を確認、出国の検疫を速やかに終え14時10分成田を離陸。

現地時間19:45(日本時間21:45)、ジャカルタ空港に到着。
「TzuChi」のメンバーが出迎えてくれた。車が用意されており税関、検疫所に行き、速やかに手続きを終了。
「TzuChi」の所有するTV局の取材を受け、その後彼らが被災地に救護団や救援物資を送るために用意したチャーター機に同乗させてもらい、10月3日2時30分現地パダンに到着する事が出来た。
INSARAGが設置したRDCに到着を報告、現地対策本部(OSOCC)及び出動待機所(BoO)の場所を教わる。
その晩は「TzuChi」のメンバーと共にメンバー宅に宿泊。

10月3日

8:30 OSOCCに到着。
到着報告と登録を済ませ待機、この時点でIROチーム本隊はまだ到着していなかった。
本隊の到着を待たず「TzuChi」のメンバーの案内で現地警察署長に会い、「アマチャンホテル」の捜索を依頼される。OSOCCに捜索のためBoOを離れる許可を得て、10時20分出発。

10:36 現場到着。
情報収集ののち現場を確認し捜索プランを立てる。「8人程行方が分からないようだが、それも確かでは無い」という情報。
建物が覆いかぶさるように崩れたプール部分に犬を下し、2・3階の一番瓦礫密度の高い場所から捜索を開始、村瀬・エロスチームが先に入る。
安全を確認しながら人も中に入ると、1つの建物が3つに裂けていた。
プールを背にして、正面がドールハウス状、中央部分は瓦礫のホール、右側はすでに重機が入り始めていたが、捜索の間ストップして貰う。

左側奥の建物は形を残していて5階建てに見えるが2・3階がつぶれているので本来は7階建の様だ、このひどくつぶれた部分に会議室が有り大勢の人が閉じ込められたようだ。

20分~25分捜索をしたがエロスに生体反応は無かった。
人が居るはずの2・3階は瓦礫密度が高く犬も中へは入れる状況では無く、確認のためアカネ号を投入するも反応は得られなかった。
その後のTVなどのニュースでも「アマチャンホテル」からの生存者救出は無く、遺体発見だけが報じられていた。
14:30 我々が捜索した状況と生体反応がなかった事を報告。「アマチャンホテル」を後に、対策本部に戻る。
15:00 対策本部に戻り待機。その間にIROチームの半数が到着。
16:00 3ヶ所設けられたBoOを移動。
20:00 IROチーム本隊と合流。

第3BoOにオーストラリア、スロベニア、スロバキア、そして我々日本などライトチームが集まった。
そこにはドイツやスイスなどのヘビーチームもキャンプを張っていた。
23:30 チームリーダー会議から戻ったIROメインチームリーダー、スロベニアのマルコ氏よりINSARAGの指揮決定事項が伝えられた。
翌日4日はIROチームはオーストリアや日本が中心となる11頭のチームと、スロベニアなどが中心になった10頭のチームに分かれ活動。我々はオーストラリア・クイーンズランドの救助チームとの帯同が決定。

捜索活動

10月4日

0:10 就寝。
5:30 起床。
6:00 準備を終え待機。
6:40 第3BoOを出発。
7:10 第2BoO(スタジアム)到着。

オーストラリア・クイーンズランドチームと合流。
9:10 本日、第1回目の捜索現場は病院。
安全確保の為、犬だけの捜索。正面2頭、側面2頭、裏2頭と3ヶ所同時に犬を入れる。生体反応なし。残り4頭の犬を確認の為入れるが反応なし。

10:00 撤収。次の現場に移動。
11:33 先着のIROチームが捜索中のアパートに到着、待機。行方不明者が別の場所で確認され捜索は終了となる。
この現場にはINSARAGで定められたマーキングが壁に描かれていた。

12:30 スタジアムに戻る。昼食と休憩をとる。
13:10 出発。
13:30 本日3ヶ所目の捜索現場、中学校に到着。
2名の生徒が行方不明、2階部分が全てつぶれ、1回に減っている状態。
全ての犬を投入して捜索するも生体反応が無い為、INSARAG救助部隊メインリーダーが捜索中止を宣言。
重機での遺体収集作業に切り替えられた。

14:41 移動、パダンを離れ3時間、北部のパリヤンカ村に向かう。
17:10 パリヤンカ村の中心に到着。激しいスコールと夕闇で「2次災害の危険有りという事で捜索を中断、BoOに戻る事を決断した。
20:30 第3BoOに到着。雨と風の為IROのエアーテントが何故かつぶれていた。
雨の中、皆で建て直し、テント内を拭き掃除し、食事。
00:30 就寝。

10月5日

この日は、2度目のチームリーダー会議があり、午後4時にOSOCCが捜索の打ち切りを決定。
これ以降は、復興支援の為の部隊や組織に引き継ぐ内容の言葉が述べられ会議が終了。
16:30 BoOにてIROチームリーダー、マルコ氏よりその旨の報告がなされ、IROチームはキャンプを撤収、チャーター機で帰るチームは飛行場に移動、私達以外明朝の帰還を指示された。
21:00 全ての部隊が空港に向かう為、BoOを後にした。

10月6日

我々は現地に泊まり、翌朝パダン空港から民間機でジャカルタに移動。空港で「TzuChi」のメンバーに迎えられ、検疫や出国の手続きの際、協力を頂いた為、速やかに済ませる事ができた。
22時15分発のJAL726便でインドネシアを後にした。

10月7日

7:33 無事成田空港に到着。

出動を振り返って
全てを終え、今回のインドネシア出動に際して感じたことは、我々の判断、決定が少し遅く、発災直後に準備に入りIROをこちらが煽るくらいでなければ、アジアを守れないと思った。
それでもRDTAがIROのチームより1日だけ早く現場に入れたことは、大きな意味がある。

実際には発災4日目と5日目だけの捜索になったが、海外での救助犬の役割は、危険な現場になればなる程、犬が優先して投入され、人の安全を確保する姿勢がはっきりと見受けられた。
そして犬の嗅覚への信頼度が高く、生体反応が無ければ、チームリーダーが決定を下し、重機により建物を壊し、遺族の為にいち早く遺体を瓦礫の中から搬出する作業に切り替える。

救助犬の嗅覚は生きている人を捜し出すのは勿論だが、その現場には、もう生きている人は「いない」と決断をする時にも大きな役割を果たすのである。
今回初めてMRT合格犬として国連の部隊の一員として働いたが、どの救助犬チームも誇りと自信を持って参加し、犬への信頼度も強い。

私と私の犬エロスは、現地対策本部に立ち上げられたINSARAG設置のOSOCCに登録すると、国連が認めた救助犬チームとして扱われ、国連の部隊と共に現地で人命救助の一翼を担う事が出来たのだが、行き帰りの航空機での扱いは、ディスカウントチケットで搭乗した犬連れの旅行者と大きな差が無いように感じられた。

現地インドネシアでは日本と違い、国を代表するようなボランティア組織が、見ず知らずの日本から来た救助犬をチャーター機でジャカルタからパダンの空港まで運んでくれ、我々の活動を応援してくれました。
帰りにはジャカルタの空港で通常なら手間取る検疫や出国手続きを地元の強みでどんどん進めてくれるなど、本当にありがく感謝に耐えない気持ちでいっぱいです。

日本で大きな国際レベルの災害が起こった場合、きっと世界中から救助に大勢の人がかけつけてくれると思います。
私も、海外で瓦礫の下で苦しんで助けを待っている人がいるのなら、いち早くいって助けてあげたいと思います。

※略記について
INSARAG:International Search and Rescue Advisory Group
UNDAC :United Nations Disaster Assessment and Coordination
I R O :International Rescue Dog Organization
R D C :Reception and Departure Center
OSOCC :On-Site Operations Coordination Center
B o O :Base of Operations

現地支援者(右端)宅で