「韓国MRT参戦記」

NPO法人 救助犬訓練士協会 山田道雄

韓国進出

救助犬国際出動チーム認定試験(MRT)に参加する韓国遠征チームは、出発1週間前になってまで動物病院での犬の救急法、訓練所でのロープ降下法をドロナワ的に実施した。
出国当日、空港でチェックインし航空運賃の倍近い犬の輸送料まで払ってからトラブルが起きた。
我々の犬は、いずれも規定重量オーバーなので荷物として載せられないと言う。結局、航空会社の現場責任者と交渉した結果今回に限り例外ということでOKになった。

機は2時間半のフライトの後、仁川空港に到着。
サムスングループのMRT支援要員、ヘルパーとして日本チームに加わる東京の愛犬専門学校在学中の韓国人ピョン君と彼の就職予定先の訓練所長が出迎えてくれ、荷物と犬の輸送をしてくれた。

約2時間、3車線の立派な高速道路を走ってヨンイン市山中にあるサムスン救助犬訓練センター施設内の登録・出発所(RDC)に到着。
日本第1チームとしてのチェックインをし、IDカードを受領した。
そこから徒歩で待機基地(BoO)まで移動する。

この付近一帯の山はサムスングループの経営するエバーランドと呼ばれる大型レジャー施設で、その一角に救助犬、盲導犬、聴導犬、各種探知犬の訓練所や研究センター、ライブラリーの施設があり、BoOは広い草地の訓練グランドに設定されている。
すでに地元韓国の4チーム、タイ、台湾の各1チームが到着し設営を終わっていた。
日本からの参加はわがNPO法人から2チーム(8名6頭)、OPDESからIRO公認審査員の澤田氏1名で、彼は人数の少ないタイチームに編入された。

第1チームは、リーダーの玉川理事、村瀬理事長とエロス号、村山訓練士とランディ号、私と安芸号の平均年齢五十歳のシニアチーム。
後続の第2チームは島津通訳をリーダーに、大島訓練士とあかね号、坂本訓練士とピーチ号、松元訓練士とジェニファー号のレディースチーム。
日没後露営地設営が終わった頃、レディースチームが到着したので即席麺類で簡単な夕食。テント内の照明の暗さが侘しさを増す。

試験第1日目

明け方近くあまりの寒さに目が覚めた。
今回寝袋を持参せず、下にNASA仕様の万能シートを敷き自衛隊式にポンチョに包まって出動服のまま横になったが、中秋の韓国山中の冷え込みは還暦を過ぎた身にはかなり厳しい。

早朝5時、玉川リーダーの「起床」の声で飛び起き身支度を整えて、先ず犬を排便のために出す。
6時半からチームリーダー会議が行われ、災害の状況想定が付与される。
いよいよ昼夜36時間にわたる出動チームテストの開始。
非常呼集が掛けられてから10分以内でBoOを出発しなければならない。

午前9時すぎに受けた最初の呼集は、昼間の3連続捜索。隣接した3ヶ所の瓦礫現場を3頭の犬が20分ごとのローテーションで連続捜索を行ない、捜索間の休憩時間は10分以内という犬にとってはかなり過酷である。
現場のうち一つは木造パレットや古タイヤの山で覆われ日本国内ではよくある現場。
他の2ケ所は鋭角に切り取られた瓦礫の石の山で、流石の安芸も最初すこし躊躇したくらいだ。
結局、安芸はこの3ヶ所で2名ずつ計6名の被災者を告知した。

午後になってから犬の救急法と人の救急法の実技試験が実施された。
チームとしてまとまって受験するが、各人が抽選により引き当てたそれぞれ2つの課題を実施する。
作業は受験者主導で行うが指示をして他のチーム員に支援させることが出来る。

私には、犬の救急法では「胃捻転」と「前脚骨折」を人の救急法では「回復体位」が当たった。
チーム全員がほぼ難なく実施出来、人の救急法など当初シニアチームに同情していた試験官も息の合った演技に感心してしまい、皆1回の課題で試験終了となった。

夕刻、ロープ降下作業の呼集が掛かり、車で30分の所にある消防署で実技試験が行われた。
内容は高さ約10メーターの屋上から地上まで斜めに張られたロープを、犬と一緒に降下するものでこれも皆難なく実施出来た。

第1日目の試験は、捜索以外は順調に経過したが、救急法やロープ降下の出国前のドロナワ的講習が結果的には功を奏した。
特に、三角巾の使用法等日赤救急法講習の成果は試験官に絶賛されたほど。
しかし、捜索では実戦的な訓練不足を痛感した。

特に、体力、持久力については不十分で、安芸も最後の現場ではかなり消耗して残り時間5分で捜索を中止させた。
また、反応しているようだが咆哮告知に至らない事象が散見された。
ある時、安芸がかなり離れた所にあるステージの上に何度も上がるので反応ありを申告したところ、審査員に却下されたが再度申告し今度は認められる。

そこで、奥の方の家屋の中に安芸を入れたところ明確に咆哮告知し、天井裏の被災者を発見した。
このように実際の現場に即した指導手の判断が求められるのであろう。
多分何回かミスをしているに違いない。
このような反省をしながら、我々のチームは出動準備を整えて仮眠し夜間の非常呼集に備えた。

韓国キョンギ道ヨンイン市標高数百メートルの山中第2夜の21時、ベースキャンプで仮眠中の日本代表第1チーム(シニアグループ)に非常呼集が掛けられた。
直ちに装備を整え、犬の排便等出動準備を完了して迎えの車両に乗り込んだ。
30分後、本部付近の出発点から合計10キロに及ぶ夜間行進を開始。

与えられた観光地図程度の簡単な現地地図と携帯GPS受信器を頼りに指示された7ヶ所の通過点経由5キロ行進して第1現場に到着、20分捜索後更に5キロ行進して第2現場に到着して20分捜索するという犬人ともにハードな試験である。
夜間行軍については7月の長野県合宿で体験済みであるが、夜間の救助犬捜索は初めての経験。

第1現場、第2現場とも昼間と同じ現場であるが、今回は3ヶ所の捜索会場から2ヶ所を選択して捜索する。
しかし、若干の灯火はあるものの昼間と比べかなり暗い。
安芸は切石主体の現場で1名、木材・タイヤ主体の現場で2名計3名の発見告知をした。
うち2名は目視確認できたが1名は地下にいるらしく未確認。(いつもの救助犬試験のように仮想被災者は発見の都度出て来ない)

行進の経路は一部国道らしい舗装道路もあるが、殆どはでこぼこで上り下りのある山道でヘッドライトと懐中電灯が不可欠である。
与えられた地図は殆ど役に立たないので、通過点の緯度経度を正確に入力する事とGPSの表示とダブルチェック用の磁石が頼り。

出発前の一夜漬けでGPS操作法をマスターした玉川チームリーダーが先頭に立って誘導するが、最初の通過点にたどり着いた時は皆ほっとした。
タイのチームは途中道を間違え迷子になったらしい。ようやく夜間行進・捜索作業を終了しキャンプに戻ったのは深夜2時半を過ぎていた。

捜索前のリーダー・ブリーフィング

試験2日目

翌朝9時半に最後の捜索の呼集が掛かる。
車で約1時間、ソウル市街にある韓国ケンネルクラブの訓練場内に設定された捜索現場に着いた。
試験規定からすると捜索現場は残り2ヶ所で被災者のいないゼロ回答もありうる。
前のチームが終わるまで2時間近く待機させられたが、安芸は昨夜の行進・捜索の疲れも見せず元気である。

この会場には観客席の設けられた立派なグランドがあり、その地下にある瓦礫の捜索会場を2つに仕切って現場に設定している。
それぞれの現場では国際規定のマーキング表示法により、現場の危険物の有無、被災者数、救助者数等が情報として示された。

最初の現場で安芸を何度も奥まで往復させたが反応がないので被災者はいないものと判断し残り5分で捜索を中止してその旨申告する。
審査員の表情からおそらく正解であろう。

次の現場では安芸号は早々と1名を発見し、そのまま次の捜索を指示したところもぞもぞして物陰に入っていった。
不吉な予感がした。案の定、余裕綽々と排便を始めた。
その後安芸は心身ともすっきりしたのか2人目も難なく発見する。試験終了後排便の後始末をし、手に持って思わず「スーベニア」と申告したら審査員から「ベリーグッド」と言われた。

試験3日目

3日目の午後にはすべての試験が終了し、安芸号は捜索では14名中11名(1名未確認)の発見告知をした。
規定の70%以上はクリヤーしているが減点もあると思うので微妙なところ。
合格者の発表は、予定を変更して最後の日のパーティの席上で発表されることになる。
翌日からはレデイースチームが受験者となり、シニアチームは交代して後方支援に回った。
人犬ともに2日間の睡眠不足を取り戻すべくテントの中でぐっすり眠る。

試験結果

韓国5日目の夕方、全チームの試験が終了し、大会役員、審査員、参加者がサムスン救助犬センターに集合して記念撮影をした。
その後会食・成績発表があり、その結果、チームリーダーは韓国の1チームとタイ・チームを除き全員合格したが、ハンドラーは26名中4名合格(合格率15%)というきびしいものとなった。

日本チームからは村瀬理事長とエロス号のみの合格。衆目一致して合格確実と思われたレデイースチーム大島訓練士の落胆すること。
安芸の場合、ドイツ語の出来る島津通訳が審査員に聞いてくれたところ、犬は反応したがハンドラーが気付かなかったので減点があったとのこと。
因みに合格したエロス号は14名告知したという。審査委員長の講評の中で、「訓練、訓練また訓練」と言う言葉が大変印象的だった。

今回のMRTは国連の非公式協議機関の「捜索救助諮問グループ(INSARAG)・救助犬専門家会合」が提案した評価基準に基づいて、IRO主催により欧州圏外で初めて実施されたもの。
今回参加して国際レベルの実動救助犬のハードルの高さを実感したが、アジア各国から初めて参加し、救助犬4頭(韓国3、日本1)が合格したことは画期的である。

海外で大規模災害が発生した場合、わが国では国際協力機構(JICA)を通じて出動する「国際緊急援助隊」の一員として警察庁から救助犬が派遣される。

今回の試験に警視庁、JICAの担当部門からオブザーバーとして参加していたが、皮肉にも海外で通用する災害救助犬はわが国ではまだ1頭のみという現実を突きつけられることとなった。
翌朝早くからテントを撤収したが、韓国山中での5日間にわたる露営生活は還暦を過ぎた身にはかなり応えたが、それは心地よい疲れであった。
帰途の仁川空港で食べた、久しぶりにまともな韓国料理と日本のビールの味は格別であった。