第2回 防衛駐在官の見た中国 (その1)
-人民解放軍国防大学への留学-

(本論文は元駐中国防衛駐在官(現防衛省統合幕僚監部防衛交流班長)の山本勝也1佐が海上自衛隊幹部学校主任研究開発官であった時に幹部学校ホームページのトピックス・コラムに投稿されたものを転載するものです。)

(コラム007 2011/9/27)

私は2008年5月12日(四川大地震発災日)から今年7月7日までの約3年2ヶ月の間、防衛駐在官1として在中国日本国大使館に勤務していました。今後、この「コラム」を通じて中国在勤中の雑感をご紹介していきたいと思います。読者の皆様が、我が国の防衛・安全保障を考える上で、幾ばくかの参考となれば幸いです。


 私は防衛駐在官として赴任する前年の秋に、中国人民解放軍国防大学(以下、国防大学と呼称)に入校した。国防大学は中央軍事委員会に直属する人民解放軍の最高学府として、将官昇任予定者及び大軍区等指揮官さらには中央・地方政府の閣僚級高級官僚に対する教育を行う教育機関である。また、人民解放軍の最高シンクタンクとして中央軍事委員会及び4総部2への政策提言機関でもある。

 国防大学は、軍事交流の一翼として各国国防大学との交流も担っている。日中防衛交流の分野では、防衛研究所及び統合幕僚学校との間で課程学生レベルの訪問や、防衛研究所研究官との研究交流等長い交流の歴史がある。

 今回参加した課程は、国防大学防務学院「2007年国際安全保障研究討論課程3(ISC:International Symposium Course。以下、ISCと呼称)」と言う約7週間のコースだった。

 国防大学防務学院(以下、防務学院と呼称)とは、国防大学に付属する外国軍人を対象とした、「外国人向け教育学部」とも言うべき部門である。その教育は北京市北西郊外の昌平区にある国防大学第3キャンパスと呼ばれる外国人留学生教育専用施設で行われている。この専用キャンパスの広大な敷地には、講義棟、図書館、体育館、食堂、将校クラブはもちろんのこと、ビジネスホテル並みの単身用宿舎、家族帯同留学生のためのアパートタイプの宿舎等が完備している。また、宿舎には必要な文具類はおろか生活用品一般に至るまで準備されており、課程入校前に学生が準備すべきものは軍服等の衣類くらいという徹底したサービス振りである。

 ISCの特徴は、人民解放軍や武装警察部隊の将校が学生として留学生と共に学ぶ点にある。人民解放軍将兵との交流に多くの制約を伴う中国において、多数の将校と自由に交流できる機会は極めて貴重な機会である。2007年ISCの場合、約60カ国から准将・大佐級将校及びそれに相当する国防省局長/課長級文官に加え、人民解放軍及び武装警察部隊から20名程度の上級大佐が参加した。これは2000年にISCが開講して以来最大規模の陣容だった。

 さらにISC期間中は、中国軍学生のみならず、防務学院のトップである防務学院長(少将級)と防務学院政治委員(少将級)も我々と共に留学生用宿舎で起居していた。私が在籍中の学院長は人民解放軍内部におけるタカ派論客として有名な朱成虎(ZHU Chenghu)少将であり、約7週間にわたり昼夜を問わず繰り広げられた率直な交流は、留学生、中国軍学生双方にとって新鮮かつ貴重な経験であった。特に朱成虎少将はその後、防衛駐在官在任中に親しく付き合うことができた将軍の一人となった。

 ISCの目的は、中国の国情と安全保障環境を外国軍高級将校に理解させることにある。そのため講義では人民解放軍高官はもとより、中国共産党、中央・地方政府の高官及び有名研究機関等の著名な研究者による講義や討論が数多く組み込まれている。

 講義や討議で中国語が使用される場合には英語による同時通訳が行われる。同時に、仏語、独語、露語、西語、アラビア語、日本語等の通訳(いずれも人民解放軍外国語学院の修士課程学生)が留学生の所要に応じ適宜サポートできる態勢がとられている。

 またISCでは1週間程度の地方研修も行われる。地方研修では部隊や文化・歴史研修のみならず、企業研修にも重点が置かれている。研修先の部隊、政府機関や企業では、司令官や企業総裁等トップが研修団を丁重に出迎えて自ら対応し、外国軍高級軍人の中国への理解・親近感を増そうとする人民解放軍の熱意と努力が随所に感じられた。

 研修のほぼ全てを朱成虎院長自らが引率し、企業研修の最後には必ず朱成虎院長から「この企業は中国の国防建設に多大な貢献をしている。また貴国の国防・社会建設に貢献できる能力も持っているので、帰国後は貴国政府・軍指導者にその旨伝えてほしい」とトップ・セールスをしていたことが印象深い。ISCが人民解放軍のみならず、官民を挙げて取り組むプログラムであることの証左でもあると言える。

 ISC等の防務学院の各課程を修業した学生には、国防大学校長から、修了証書と共に国防大学に在籍したことを示す徽章4が付与される。修業生である各国駐在武官の多くはその徽章を胸に着用している。この徽章は、駐在武官が人民解放軍将兵や一般市民との交流する際に、双方の親近感を醸成する効果を果たしている。

 人民解放軍には国防大学のほかにも多種多様な学校5があり、外国軍から留学生を積極的に受け入れている。受け入れ対象は将官級から尉官級まで、また教育内容も、戦略レベルから戦闘機の操縦、艦艇の運航、エンジン整備といった実技レベルにまで広範囲に及ぶ。それらのほとんどの課程が、留学生の母国語(英語、仏語又は西語等)により教育される留学生専用課程であり、学生は留学に際して中国語を習得する必要はない6。また、留学生を受け入れている各学校は、防務学院と同様に留学生専用の講義棟や居住施設が準備されている。さらに一部の国に対しては中国への渡航費を含む全額を中国側が負担している様子であり、派遣する側の外国軍にとっても容易に派遣できる環境となっている。

 このように中国は全世界から大量の外国軍将校を留学生として招き入れて、中国への理解と親近感を抱く軍指導者層の形成を図っていることが伺える。これは中国が進める積極的な軍事外交戦略の中でも大きな役割を担っている分野であると言える。

 類似の留学生招聘プログラムは、米露英仏等の大国のみならず、多くの国々で実施されており、本校からも米、英、韓、豪、尼、印、NATO等に佐官級学生が派遣されている7

 一方、我が国では、防衛大、防衛研究所、統幕学校、陸海空幹部学校等で様々な多国間プログラムが行われている。本校の場合、指揮幕僚課程及び幹部高級課程に留学生を受け入れているほか、アジア太平洋地域の各国海軍大学教官を招いたアジア太平洋諸国海軍大学セミナー8を毎年冬に実施している。また、来月には、WPNS9加盟国海軍の少佐級将校を招いた短期プログラム10を開催する。

 このような留学生招聘という分野におけるミリタリーの交流はますます盛んになっており、歓迎されるべきものと言える。

(幹部学校主任研究開発官  山本 勝也)


1 防衛駐在官(Defense Attache):防衛省から外務省に出向した自衛官であり、外務事務官として大使館などの在外公館に勤務し、主として軍事情報の収集などの任務についている。防衛駐在官は自衛官の身分を有しなくなるものの、自衛官の階級を呼称するとともに制服を着用することが認められており、派遣された国の国防関係者や各国の駐在武官との交流や情報収集を行うほか、我が国の防衛政策に対する国際的理解を深めるための活動を行っている。
 平成22年8月1日現在、36大使館2代表部に49名(陸23名、海13名、空13名)が派遣されている。
 国際的には軍人として各国大使館に勤務する駐在武官(Defense Attache, Military Attache, Army/Navy/Air Attache等)と同様に扱われている。
2 4総部:中央軍事委員会の下、中国人民解放軍を指導する総参謀部、総政治部、総後勤部及び総装備部からなる。
3 中国語では「国際安全研討班」と称されている。
4 2010年からその徽章は勲章タイプのメダルに変更されたらしい。
5 軍事院校と総称されている。
6 当然、中国語習得希望者を対象とした、人民解放軍外語学院に外国人向け中国語課程が開設されている。
7 http://www.mod.go.jp/msdf/navcol/exchange/exchange.html参照
8 http://www.mod.go.jp/msdf/navcol/seminars/apncs.html参照
9 WPNS:Western Pacific Naval Symposium 西太平洋海軍シンポジウム
 西太平洋諸国(24カ国)の海軍参謀総長等が意見交換を行う場。
10 WPNS次世代海軍士官短期交流プログラム(STEP:Short Term Exchange Short Term Program for Officers of Next Generations)。昨年まで実施されてきた指揮幕僚課程学生多国間セミナー(http://www.mod.go.jp/msdf/navcol/seminars/wpns_song.html参照)を発展させたもの。

本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。