第5回 防衛駐在官の見た中国 (その4)
-海南島の中国海軍-

(本論文は元駐中国防衛駐在官(現防衛省統合幕僚監部防衛交流班長)の山本勝也1佐が海上自衛隊幹部学校主任研究開発官であった時に幹部学校ホームページのトピックス・コラムに投稿されたものを転載するものです。)

(コラム010 2011/10/13)

このコラムは、筆者が在中国日本国大使館防衛駐在官1として在勤中に得た雑感をご紹介するものです。読者の皆様が、我が国の防衛・安全保障を考える上で、幾ばくかの参考となれば幸いです。


 平成23年(2011年)3月、海南島を訪問した。主たる目的は海南島北部の都市である海口市2に所在する中国南海研究院3への訪問であり、研究院の研究者たちとの意見交換であったが、せっかくの機会でもあり、海南島南部にある三亜市まで足を伸ばした。

 海口から三亜までは開業したばかりの真新しい高速鉄道4を利用した。この鉄道は海南島東海岸に新設されたもので、時速250kmで島の南北を1時間半程度で結ぶ新たな輸送動脈である。将来は海峡を越え、湛江5を経て北京まで大陸を南北に縦断する計画もあるらしい。途中駅には、毎年、世界各国から各界の有識者が集まる「ボアオ・フォーラム6」の会場として有名な海浜リゾート地ボアオもある。早速、2011年春のBRICS首脳会議7及びボアオ・フォーラムに参加する各国首脳にこの高速鉄道が披露されていた。

 海南省は近年、自らを「リゾート・アイランド(旅遊島)」と称し、観光産業の振興に力を入れている8。特に海南省第二の都市である三亜は、「中国のハワイ」と呼ばれる中国有数のリゾート地である。観光客の大半は香港を含む中国国内の富裕層であるが、島内に2つの国際空港を持ち、国際線直行便も多く、ロシア、韓国等からの観光客も増えている。わずかではあるが、現地大学の日本語教育、少数民族の文化保護支援、農業開発、日本人観光客誘致等に在留邦人も活躍している。

 一方、海南島は中国海軍南海艦隊の拠点としても有名である。特に三亜には2つの大きな軍港がある。一つは三亜市中心市街地の東部に位置する楡林の基地であり、もう一つはさらに東部に位置する亜龍湾の基地である

 この2ヶ所の海軍基地は非開放基地9ではあるが、全くの神秘のベールに包まれているわけではない。いわゆる「楡林基地10」は、三亜海岸11の市街地東部にある開業したばかりの「鳳凰峯公園(Phoenix Hill)」山頂展望台の眼下に広がっている。展望台からは港内の整備された岸壁に係留されている駆逐艦、フリゲイトなどの真新しい水上作戦艦艇や通常型潜水艦を間近に望むことができる。

 また、いわゆる「亜龍湾基地」は「中国のワイキキ」とも呼ばれる海浜リゾート「亜龍湾海岸(ヤーロン・ベイ)」の東部に隣接している。海岸沿いに点在するリゾート・ホテルや砂浜、湾内を遊覧するヨットから水上艦艇用桟橋が遠望できるほか、「中国版イージス」と呼ばれる最新鋭駆逐艦等の艦艇の出入港も間近に見ることができる。また2010年に亜龍湾海岸北東部の山麓に開業した大テーマパーク「亜龍湾熱帯天堂森林公園(Heaven on Earth Sanya)」の展望台に上ると、原子力潜水艦用と思われる桟橋を含むいわゆる「亜龍湾基地」のほぼ全景が一望できる。

 いずれの展望台や公園も、基地建設の後に建設・開放されたものであり、外国人だからといって制限されることも無い12

 当然、これら基地を見下ろすことができるぞれぞれの展望台は、「写真撮影禁止」の表示と監視カメラが設置されている。しかし、そのような警告などお構いなしに写真撮影に興じる多くの観光客13で展望台はあふれている。一般の中国民衆にしてみれば国威発揚の象徴でもある新鋭駆逐艦や原子力潜水艦を背景にした写真は、海南島旅行の誇らしい思い出となるのであろう。中国国内のインターネット上に中国海軍の新鋭艦艇の画像が氾濫している一因はここにあるのかもしれない。

 私の知る限り、中国国内において基地外から軍艦を自由に眺めることができる大きな軍港は、この2港以外には湛江くらいである。湛江の軍港は河口を挟んで東岸に位置し、西岸にある市街地の臨海公園から、2007年に東京に来航したこともある駆逐艦「深セン」、2010年に海賊対処活動のためアデン湾に派遣された最新鋭の強襲揚陸艦「崑崙山」等の艦艇や、軍港施設を一望できることが街の観光の売りにもなっている。

 一般的に人民解放軍の軍港や基地を外部から窺い知るのはなかなか難しい。2009年に中国海軍成立60周年国際観艦式14が行われるなど、多くの外国海軍艦艇が寄港する青島でさえ、多くの建築物に遮られており、一般市民が市街地からその内部を窺い知ることは容易ではない。そうした意味で三亜及び湛江にある「開放的な」3つの軍港は稀有な存在であると言える。

 これら3つの軍港は、いずれも南シナ海を守備範囲とする南海艦隊の主要拠点であり、そこに舫う多くのフネは最新鋭の作戦艦艇である。それは南シナ海に向かう中国海軍の自信の現れであるとも言えよう。

(幹部学校主任研究開発官  山本 勝也)


1 防衛駐在官(Defense Attaché):防衛省から外務省に出向した自衛官であり、外務事務官として大使館などの在外公館に勤務し、主として軍事情報の収集などの任務についている。防衛駐在官は自衛官の身分を有しなくなるものの、自衛官の階級を呼称するとともに制服を着用することが認められており、派遣された国の国防関係者や各国の駐在武官との交流や情報収集を行うほか、我が国の防衛政策に対する国際的理解を深めるための活動を行っている。
 国際的には軍人として各国大使館に勤務する駐在武官(Defense Attaché, Military Attaché, Army/Navy/Air Attaché等)と同様に扱われている。
2 海口市:海南省の省都(省政府所在地)、海南省最大の都市。
3 南海研究院(NISCS:the National Institute for South China Sea Studies):南シナ海に関する主要研究拠点。中国外務省の指導を受けている。
4 海南東環高速鉄道。2007年9月着工、2010年12月30日開業、総延長308km。残念ながら、利用した車両は、日本の新幹線タイプではなかった。
5 湛江市:広東省南東端の都市、1945年まで仏領インドシナの一部(フランス広州湾租借地)。約30kmの海峡を挟んで海南島に面する。中国海軍南海艦隊司令部や海軍陸戦隊旅団(いわゆる海兵隊部隊)が所在する。
6 ボアオ・アジア・フォーラム:ダボス会議(スイスのダボスで開催されている世界の政治家、財界人、知識人等による国際会議)のアジア版。中国政府の全面的な支援を受けて2002年以降、毎年開催されている。理事長:福田康夫元総理、副理事長:曽培炎中国副総理。
7 BRICS:近年、経済発展の著しいブラジル、ロシア、インド、中国及び南アフリカ5カ国による首脳会議。
8 海南省(海南島)外から訪れる中国人観光客向けの免税店が開業したとの情報もある。
9 外国海軍代表団の視察、外国海軍艦艇の寄港等、現在、外国海軍に対して「開放された」中国海軍の軍港は、青島(北海艦隊)、上海(東海艦隊)及び湛江(南海艦隊)の3港のみである。
10 中国国内における人民解放軍関連の報道では、通常、「南海艦隊『某』基地」と報じられ、正式な名称は明らかにされない。
11 三亜海岸:三亜市中心部の海岸。海岸沿いに三亜鳳凰国際空港がある。同空港には南海艦隊航空基地が併設されている。また同海岸東部には国際客船ターミナルを併設した「三亜鳳凰島」と呼ばれる人工島がまもなく開業予定。
12 中国に駐在する各国武官(防衛駐在官を含む)は、北京及び天津市域外に出る場合(中国国外(一時的な本国への帰国を含む)への移動を含む)、あらかじめ中国国防部に通報することが国防部により規定されている。今回の訪問の場合も、「旅行予定」を事前に通報している。またその際、念のため、当該公園への訪問、規則に反しない範囲の写真撮影等の可能性についても通報した。
13 ただし、規制の程度が曖昧であるため、外国人が同様な行動をとることは極めてリスクがあることを承知しておく必要がある。
14 我が国からは海上幕僚副長が海上自衛隊を代表して関係行事に参加した。

本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。