第7回 防衛駐在官の見た中国 (その6)
-練習艦「鄭和」で海を渡った海上自衛官-

(本論文は元駐中国防衛駐在官(現防衛省統合幕僚監部防衛交流班長)の山本勝也1佐が海上自衛隊幹部学校主任研究開発官であった時に幹部学校ホームページのトピックス・コラムに投稿されたものを転載するものです。)

(コラム012 2011/10/27)

このコラムは、筆者が在中国日本国大使館防衛駐在官1として在勤中に得た雑感をご紹介するものです。読者の皆様が、我が国の防衛・安全保障を考える上で、幾ばくかの参考となれば幸いです。


 平成21年(2009年)11月、中国海軍の練習艦「鄭和」2が我が国を訪問し、江田島(広島県江田島市)と呉(広島県呉市)に寄港した。中国海軍艦艇の訪日は、平成19年、東京に寄港した南海艦隊所属の「深セン」(「深圳」:事務局注)以来2度目である。

 「鄭和」の訪日は、赤星慶治海上幕僚長(当時)と呉勝利(WU Shengli)中国海軍司令官の共通の想いである「次世代交流の重要性」3を具現したものの一つであった。訪日は「鄭和」による中国海軍学生の練習航海と位置づけられ、海軍大連艦艇学院4の学生が実習のために乗り組むことが中国海軍より事前に知らされた。一方、海上自衛隊は幹部候補生学校の所在する江田島及び練習艦隊の母港である呉に「鄭和」を受け入れることで準備を始めた。

 乗艦実習の対象が大連艦艇学院のみならず、他の士官養成学校5さらには下士官6養成学校の学生をも加えるなど、協議を重ねるたびに、海上自衛隊との交流を進めようとする呉勝利海軍司令官率いる中国海軍の強い意思を当時感じた。

 北京における調整も終盤を迎えた頃、積極的な中国海軍に対し、「鄭和」の練習航海に海上自衛官を乗艦させる7ことを提案した。「鄭和」の出航を目前に控えた時期でもあり、中国海軍の受入れ可能性は極めて低いと見ていたところ、我が方からの提案からあまり間をおかずに、中国海軍から「鄭和」の練習航海に海上自衛隊の幹部候補生を招待する旨の連絡が届いた。呉勝利海軍司令官の即断と素早い実行力を確認した瞬間である。

 2名の海上自衛隊幹部候補生が「鄭和」の出航直前に中国に渡り、旅順から韓国を経て江田島までの練習航海(2009年10月26日から11月5日)に230名の中国海軍学生とともに参加し、様々な実習を経験した。

 これ以前に外国海軍の軍人が中国海軍艦艇の航海に参加8したとの公開資料が見当たらないことから、彼ら2人の日本人が中国海軍初の外国人乗艦者であったと思われる。

 また、「鄭和」が江田島及び呉に寄港している間(11月5日から9日)、中国海軍学生と海上自衛隊幹部候補生との史上初かつ大規模な交流が行われ、海上防衛分野における日中防衛関係に新たな一歩を記した。

 中国国内では「鄭和」の旅順出港、航海中の日中両国候補生の訓練風景、江田島及び呉における交流等の様子が、CCTV-79や中国軍網10等の人民解放軍系メディアを通じて頻繁に報じられた。また香港の衛星TV局11を通じて、世界中の中国語社会に向けて江田島及び呉における交流の様子が伝えられ、当時の海軍をはじめ中国人民解放軍及び中国政府の対日関係改善への意欲が感じられた。こうした中国側の姿勢が継続することは歓迎すべきものである。

 一方、中国海軍との調整過程では、「鄭和」の旅順出港壮行行事及び帰国歓迎行事への出席12を希望したが、「前例が無い」と言う壁は厚かった。

 また、翌2010年秋、「鄭和」が1隻のフリゲイト13を伴って南太平洋方面への練習航海を行ったが、この時、我が国への乗艦の招待は無かった14。日中防衛交流は従来に比して進んではいるが、まだまだ軌道に乗ったとまでは言えず、隣国である我々が相互理解を深めるためには一層の交流進展が期待される。

 「鄭和」の訪日後、海上自衛隊の練習艦隊が2010年内に中国を訪問することが両国防衛相間で合意15されていたが、残念ながら実現されるに至っていない。「鄭和」の訪日調整に関わった筆者としては、ぜひ、早い時期に我が国の練習艦隊が「鄭和」の母港である旅順に寄港し、実習幹部16達が大連艦艇学院の学生達との交流と相互理解を深め、次世代に向けた友好と信頼の輪が広がるのを目にしたいものである。

 また、「鄭和」訪日調整の際、中国海軍司令部の参謀と土産物の話題になり、広島の熊野筆が化粧筆として世界的に有名であることを紹介したところ、後日、「鄭和」の乗組員、学生の多くがカメラや腕時計同様に多くの化粧筆を持ち帰ったことを中国の知人から知らされた。中国海軍の中に我が国の優れた伝統工芸を愛好する人が増えてくれると望外の喜びである。

(幹部学校主任研究開発官  山本 勝也)


1 防衛駐在官(Defense Attaché):防衛省から外務省に出向した自衛官であり、外務事務官として大使館などの在外公館に勤務し、主として軍事情報の収集などの任務についている。防衛駐在官は自衛官の身分を有しなくなるものの、自衛官の階級を呼称するとともに制服を着用することが認められており、派遣された国の国防関係者や各国の駐在武官との交流や情報収集を行うほか、我が国の防衛政策に対する国際的理解を深めるための活動を行っている。
 国際的には軍人として各国大使館に勤務する駐在武官(Defense Attaché, Military Attaché, Army/Navy/Air Attaché等)と同様に扱われている。
2 艦名「鄭和(Zheng He)」は明代の武将に由来する。鄭和は15世紀初頭に大艦隊を率いてインド洋・アフリカ東海岸への航海を行った中国の英雄。鄭和の大艦隊は、中国海軍の平和的海洋進出を語る際に枕詞として取り上げられることが多い。
 中国海軍の艦名は駆逐艦、フリゲイト(中国語では「護衛艦」と呼ぶ)には都市の名前、補給艦には湖の名前が当てられており、人名が用いられるのは珍しい。一方、潜水艦の場合は「長城○○号」、「長征○○号」と呼ばれている。
 艦番号「81」は、人民解放軍成立記念日(8月1日)に由来している。中国国内の報道では、通常、「81(Bayi)艦」と呼ばれている。
 母港は旅順(遼寧省大連市)と言われている。
3 呉勝利中国海軍司令官は平成20年秋に訪日し、翌21年夏に赤星海上幕僚長(当時)が訪中している。
4 中国海軍の士官学校の一つ。水上艦艇要員としての士官を養成する学校であり、主は高級中学(高校に相当)卒業者に対する4年制の課程。
 中国海軍には大連艦艇学院のほかに、青島潜艇学院(潜水艦要員)、海軍工程大学(技術要員)、海軍航空学院(パイロット要員)、海軍航空工程学院(航空機整備要員)等、要員別の士官養成学校が複数存在している。中でも大連艦艇学院は「中国海軍士官のゆりかご」と呼ばれている。
 呉勝利海軍司令官は大連艦艇学院の卒業生であると同時に学院長経験者でもある。
5 練習航海に参加した海軍工程大学の女子学生達は、それまで乗艦実習の経験は無かった様子である。練習航海の途次、日本近海でひどい船酔いに襲われながらも慣れない艦上生活に真摯に励む健気な女性実習生として、解放軍機関紙等で報道されていた。
6 中国語では、「士官、将校、幹部自衛官(officer)」を「軍官」と呼び、「下士官、曹自衛官(non-commissioned/petty officer)」を「士官」と呼ぶため、翻訳の際には注意する必要がある。
7 海上自衛隊がWPNS(西太平洋海軍シンポジウム)による「次世代士官のための交流イニシアティブ」の一環として、平成15年(2003年)より乗艦研修プログラムを主催しているもの。
 海上自衛隊が毎年実施している遠洋練習航海に、WPNS加盟国海軍の若年士官(中尉から少尉)を乗艦させ、交流の機会を提供している。第1回目より中国海軍を招待している。
8 観艦式や武官団研修等の短時間の乗艦を除く。
9 中国中央テレビ局(CCTV)の軍事/農業チャンネル。当該チャンネルの軍事関連番組に登場する記者やアナウンサー等の大半は人民解放軍の正規将校である。
10 人民解放軍機関紙「解放軍報」インターネットサイト。なお、練習艦「鄭和」には、「解放軍報」等の記者資格を有する人民解放軍将校が練習航海期間中、同乗取材を行っていた模様。
11 香港鳳凰衛視(香港フェニックス衛星テレビ局)。中国本土を含み約2億人の視聴者がいると言われている
(参照:http://www.mod.go.jp/msdf/navcol/news/2011/1005-2.html
12 我が国の遠洋練習航海部隊をはじめ、外国への親善訪問等を目的とする部隊が出国(出港)/帰国(帰港)する場合、訪問国の大使や駐在武官が関連行事に招かれ、共に送迎することが一般的である。
13 フリゲイト「綿陽」が随伴した。中国海軍の練習航海は練習艦1隻によるものが主流であったが、この年より、我が国の遠洋練習航海部隊のように複数艦態勢に変更した模様。
 複数艦で航海することにより、より実践的・戦術的な訓練が可能となる。
14 訪問国の一部(豪州及びニュージーランド)が招待された模様。
 2009年日本訪問に比べ、中国国内向け報道は低調であった。
15 北澤利美防衛大臣と梁光烈国防部長による共同プレス発表(2009年11月27日。
参照:http://www.mod.go.jp/j/press/kisha/2009/11/27b.html
16 海上自衛隊の場合、幹部候補生学校を卒業し、幹部自衛官(3等海尉又は2等海尉)に任官した後に練習艦隊に配属されるため、遠洋練習航海期間中は「実習幹部」と呼ばれている。

本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。