第8回 防衛駐在官の見た中国 (その7)
-山本五十六とスティルウェル-

(本論文は元駐中国防衛駐在官(現防衛省統合幕僚監部防衛交流班長)の山本勝也1佐が海上自衛隊幹部学校主任研究開発官であった時に幹部学校ホームページのトピックス・コラムに投稿されたものを転載するものです。)

(コラム014 2011/11/15)

このコラムは、筆者が在中国日本国大使館防衛駐在官1として在勤中に得た雑感をご紹介するものです。読者の皆様が、我が国の防衛・安全保障を考える上で、幾ばくかの参考となれば幸いです。


 中国で書籍を購入しようとすると、たいていの場合「新華書店」という中国全土に展開している国営書店に出かけることになる。この「新華書店」は街中の小さな書店から、ビル丸ごと書店のような大規模店まで数多く展開している。特に北京の2大繁華街と呼ばれる「王府井」と「西単」にある百貨店にも匹敵するような大規模店に出かけ、そこに並ぶ書籍類、その陳列方法を見てみると、その時々の中国の民衆の関心や、中国の指導者たちが民衆に求めている方向性の一端を垣間見ることができる。

 大規模書店を覗いてみると、投資をはじめとする経済・金融関係、海外旅行をテーマとした観光関係と並んで、歴史小説や伝記の書籍売り場が一等地を占めている。またそこでは、老若男女が書架の前に座り込んで、それらの書籍をむさぼるように読む姿を目にすることができる。

 歴史小説や伝記の多くは、孫子や曹操など中国の歴史上の有名人、毛沢東をはじめとする「解放戦争」における近代中国の英雄たち2を主役とするものであるが、外国人を取り上げた書籍もそれらに匹敵するほどの種類が並んでいる。その多くはナポレオンやリンカーン、ブッシュ親子、クリントン夫妻、オバマ、プーチン(以上、敬称略)といった過去から現代に至る欧米の指導者がテーマである。一方、経済人への関心も高く、ビル・ゲイツをはじめとする経済界の立志伝は大量に平積みされていることもしばしばである。

 外国人伝記コーナーには日本人を取り上げた書籍3も少なからずある。そこに必ずと言ってよいほど並んでいる2人の有名日本人は、「徳川家康」と「山本五十六」である。

 筆者が中国に滞在中、初対面の中国人、人民解放軍軍人と会うたびに、彼らの多くが異口同音に同じ質問を投げかけてきた。「武官は山本五十六の親族か?」

 彼らに何故そんなに山本五十六海軍大将に興味があるのかを尋ねてみると、ほぼ一様に、「米国と真っ向勝負をした」、「(真珠湾の)米海軍を撃破した」、「空母を実戦運用した」との憧れにも似た回答が帰ってきた。

 山本五十六大将とは地縁も血縁も無い筆者ではあるが、同姓であるおかげで、中国各界と親交を深める際、中国人の「山本五十六」観は大いにプラスに働いた。歴史に名を残す先人の存在は、後世の者にとってはありがたい。

 2011年晩春、北京に駐在する米国国防武官4が交代し、D.スティルウェル空軍准将が新たに着任した。中国でスティルウェル5と言えば、前世紀の在中華民国米国大使館付陸軍武官であり、「援蒋ルート」6のジョセフ・W・スティルウェル将軍が有名である。没後の今日においても重要な中国の友人、英雄の一人として扱われている7

 スティルウェル准将8の在中国国防武官就任に対する米国政府の意図は定かでないが、在中大使及び公使への中国系米国人の登用 とともに、中国側がどのように米国の意図を解釈しているかは興味のあるところである。

(幹部学校主任研究開発官  山本 勝也)


1 防衛駐在官(Defense Attaché):防衛省から外務省に出向した自衛官であり、外務事務官として大使館などの在外公館に勤務し、主として軍事情報の収集などの任務についている。防衛駐在官は自衛官の身分を有しなくなるものの、自衛官の階級を呼称するとともに制服を着用することが認められており、派遣された国の国防関係者や各国の駐在武官との交流や情報収集を行うほか、我が国の防衛政策に対する国際的理解を深めるための活動を行っている。
 国際的には軍人として各国大使館に勤務する駐在武官(Defense Attaché, Military Attaché, Army/Navy/Air Attaché等)と同様に扱われている。
2 最近では、蒋介石や蒋経国を肯定的に描いたものも見かけるようになってきた。
3 2008年前後は、福田康夫首相(当時)をテーマに取り上げた書籍も多く見かけた。
4 山本五十六は、第2次世界大戦前の海軍大佐時代に在米国大使館付海軍武官として勤務している。
5 北京に駐在する米国国防武官は陸海空3軍の准将が2年任期で交代している。 在中国米国大使館武官室には、国防武官の他に、陸海空及び海兵隊の各軍種武官、陸海空それぞれ各軍種副武官等が勤務している。
6 中国語では「史導威(スーダオウェイ)」と呼ばれている。
7 援蒋ルート:日中戦争以降、米英ソが中華民国への軍事援助を行った輸送路。
8 2009年、中国海軍成立60周年記念行事が行われた際には、スティルウェル将軍の直系子孫が中国に招待された。中国国内メディアでは彼らの梁光烈国防部長等中央指導者との会見や観艦式への参加が大きく報道されていた。
9 スティルウェル空軍准将は、スティルウェル将軍の遠縁にあたる。彼は在日米空軍三沢基地司令官を経験する等、日本の各界との交友もあり、また日本文化への造詣も深い。北京に駐在する外国武官の中でも、有数の親日・知日派武官の一人でもある。
10 現在、北京に駐在する米国大使及び大使館ナンバー2の公使はいずれも中国系米国人であり、着任前から中国国内ニュースに取り上げられていた。その後の彼らの動静に対し、時には歓迎し、時には失望する等、中国メディアは大きな関心を寄せている。

本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。