第10回 防衛駐在官の見た中国 (その9)
-中国のペンタゴン-

(本論文は元駐中国防衛駐在官(現防衛省統合幕僚監部防衛交流班長)の山本勝也1佐が海上自衛隊幹部学校主任研究開発官であった時に幹部学校ホームページのトピックス・コラムに投稿されたものを転載するものです。)

(コラム020 2012/01/11)

このコラムは、筆者が在中国日本国大使館防衛駐在官1として在勤中に得た雑感をご紹介するものです。読者の皆様が、我が国の防衛・安全保障を考える上で、幾ばくかの参考となれば幸いです。


 中国に来られた方からしばしば次のような質問をいただいた。「中国のペンタゴンはどこですか?」

 「ペンタゴン」とは米国国防省の通称であり、そこには国防長官、統合参謀本部会議議長はじめ、国防省、陸海空海兵隊4軍のリーダー及びその幕僚が執務する米国安全保障の中枢である。

 我が国の場合、「市ヶ谷」と呼ばれる防衛省がこれに相当する。「市ヶ谷」は防衛大臣、統合幕僚長はじめ、防衛省・自衛隊のリーダー及びその幕僚が執務する我が国の防衛の中枢である。

 それでは中国において「ペンタゴン」や「市ヶ谷」に相当するところはどこにあるのか?

 多くの日本人は、我が国や米国のそれと同様に人民解放軍の指揮中枢として大きな司令部があるかのごとく考えがちだが、それは大きな誤解である。実際は分散して所在している。

 米国国防省や我が国の防衛省に相当する機関として、中国の中央行政府である国務院2に国務委員3を兼ねた国防部長(Minister of National Defense)を長とする「国防部(Ministry of National Defense)」と呼ばれる官庁がある。

 中華人民共和国の首都である北京市内に、「国防部」と明示された施設は市街地中心部の北の外れに位置する「国防部外事弁公室4」以外に見当たらない。

 通常、北京に駐在する各国の武官が人民解放軍との間に連絡調整の所要が生じた場合、あるいは本国から国防省局長級以下の実務者が訪中して人民解放軍と会議を持つ場合、一般的にはこの軍事施設5を訪問する。さらには国防部報道官6による記者発表もこの施設で実施されている。また、国防部には外事弁公室以外にもいくつかの部門があるが、外事弁公室を含むいずれの部門も中央軍事委員会の4総部7がそれぞれの職務に応じて分担8している。

 唯一「国防部」を冠した施設である「国防部外事弁公室」はその名称が示すとおり、国防部の一部局の庁舎施設であり、国防部長もこの施設では執務しておらず、この施設が「ペンタゴン」に相当するとは言えない。国防部長が執務する場所は、この施設から直線距離で8km前後、有名な北京の大渋滞に遭遇した場合は、移動に1時間以上を必要とする「八一大楼9」と呼ばれる施設にあるとされている。

 防衛大臣をはじめ各国国防相が中国を訪問し、国防部長と会談する場合は、この「八一大楼」を訪問することとなる。この施設は、北京の中心部を東西に貫く長安街10の西方、釣魚台11、玉淵潭公園12の南側、人民革命軍事博物館の東側に隣接する壮麗な施設である。

 国防部関係者によれば、「八一大楼」は中央軍事委員会13の施設であり、中央軍事委員会副主席及び同委員が執務する場所とされている。そのため中央軍事委員会のメンバーである中央軍事委員会副主席、国防部長、総参謀長等14との表敬・会見はこの「八一大楼」で行われるのが一般的である。また副総参謀長15や総政治部副主任等中央軍事委員ではないその他の「人民解放軍指導者16」との表敬・会見の場合もこの「八一大楼」で行われていることから、この施設は人民解放軍指導者を訪問する外国賓客を遇する施設17と見ることができる。

 強いて言えば、「八一大楼」が「ペンタゴン」に相当すると言えなくもないが、ひと括りに人民解放軍の指揮中枢とするにはやや無理が感じられる。なぜならば、中央軍事委員会の実務部門である4総部が、国防部外事弁公室と同様に広大な北京市のあちらこちらに分散して所在していることによる。

 「八一大楼」は中央軍事委員会の施設であり、中央軍事委員が執務するとされているが、それぞれの中央軍事委員が長を務める各総部はそれぞれ異なる場所に所在している。さらにそれぞれの総部自体も、一ヶ所にまとまって所在しているわけではない。作戦部、情報部、情報化部、戦略計画部等の多くの部局から構成された巨大な組織である総参謀部の場合、それらの多くの部局が独立して所在している。

 近年、世界の軍事組織は統合の趨勢にあり、各軍種、組織の指揮官・幕僚が一つ屋根の下でフェイス・トゥ・フェイスの調整を行う態勢が一般的となっている。しかし、各軍種・組織間の壁を完全に取り払うことはなかなか難しく、「市ヶ谷」はおろか「ペンタゴン」でさえ未だ一体化の途上にあると言える。

 IT化、ネットワーク化の進む今日とはいえ、軍の意思決定機関内部に物理的な距離感が存在するこのような現状は、各部門の実務を担う参謀間の意思疎通や一体感の醸成に相当な労力が割かれていることは想像に難くない。中国共産党中央による人民解放軍に対する「絶対的な指導18」はこうした点からも必要とされているのであろう。

(幹部学校主任研究開発官  山本 勝也)


1 防衛駐在官(Defense Attaché):防衛省から外務省に出向した自衛官であり、外務事務官として大使館などの在外公館に勤務し、主として軍事情報の収集などの任務についている。防衛駐在官は自衛官の身分を有しなくなるものの、自衛官の階級を呼称するとともに制服を着用することが認められており、派遣された国の国防関係者や各国の駐在武官との交流や情報収集を行うほか、我が国の防衛政策に対する国際的理解を深めるための活動を行っている。
 国際的には軍人として各国大使館に勤務する駐在武官(Defense Attaché, Military Attaché, Army/Navy/Air Attaché等)と同様に扱われている。
2 国務院:中華人民共和国の中央人民政府であり、最高の国家権力執行機関。国務院総理(首相に相当)、同副総理、国務委員、各部長(各省大臣に相当。22部)、各委員会主任(国家発展改革委員会等3委員会)、審計長(会計検査院院長に相当)、秘書長(官房長官に相当)により構成されている(中華人民共和国中央人民政府HP参照)。
3 国務委員:国務院常務委員会の構成メンバーであり、国務院各部部長等より上位に位置し、副総理級とされ重要業務を分担している。現在、部長を兼ねる国務委員は、梁光烈国防部長及び孟建柱公安部長(警察業務全般を所掌する機関)の二人のみ(中華人民共和国中央人民政府HP参照)。
4 国防部外事弁公室:国防部において軍事外交の窓口となる部門。現在、同弁公室の長である主任は、銭利華少将。
5 北京市北部、八達嶺長城に向かう高速道路(京蔵高速:北京から内モンゴル自治区を経由してチベット自治区ラサ市までを結ぶ全長4000km程度の高速道路)の基点、徳勝門外大街に面した軍事施設に所在する。
6 国防部報道官:中国語では国防部新聞発言人という。国防部新聞事務局局長(上級大佐級)及び副局長(大佐級)が担当している(中国国防部HPより)。
7 中央軍事委員会の実務部門(工作機関)である総参謀部、総政治部、総後勤部及び総装備部の総称。
8 国防部は国務院に隷属し、国防建設事業を指導・管理する部門であるが、具体的な業務については人民解放軍の各総部がそれぞれ分担している(李継耐編「新世紀新階段国防和軍隊建設」人民出版社、2008年、122頁)。
筆者が国防部外事弁公室の参謀から入手した名刺には「国防部外事弁公室」とともに「中央軍事委員会外事弁公室」と明記されていた。
9 八一:中国人民解放軍成立記念日である1927年8月1日を記念し、軍に関係する施設等に冠されることが多い(例:八一小学校(部隊に付属した学校)、八一飛行演技隊(空軍アクロバット飛行隊)等)。
大楼:ビルディングの中国語。
10 長安街:天安門の南側に面する北京市中心部のメインストリート。軍事パレードが行われることでも有名。天安門前を中心に北京市旧市街部分を「長安街」と呼び、東へ「建国門内大街」、「建国門外大街」、「建国路」。西へ「復興門内大街」、「復興門外大街」、「復興路」とそれぞれに名を変えて北京市街地中央部を東西に貫いている。「八一大楼」が所在するあたりは「復興路」と呼ばれており、「復興路」周辺には多数の軍事施設が、一方、東側の「建国路」周辺には多数の商業施設が、それぞれ集中している。
11 釣魚台:日本の迎賓館に相当。
12 玉淵潭公園:釣魚台に隣接する公園。田中角栄首相(当時)が、1973年に周恩来首相(当時)に大山桜を贈って以来、現在、中国最大級の桜の開花を誇る公園。毎年春には桜祭りが催され、和服を着て写真撮影ができる露店なども多く見られ、北京市民で賑わっている。
13 中央軍事委員会:人民解放軍の最高指導機関(憲法第93条ほか)。制度としては国家中央軍事委員会と中国共産党中央軍事委員会の2つの組織が存在するが、事実上一つの組織であり、構成人員と人民解放軍に対する指導職責は完全に一致している。通常は「中央軍事委員会(略称:軍委)」とのみ呼ばれている(李継耐編「新世紀新階段国防和軍隊建設」人民出版社、2008年、134頁ほか)。
 現在の中央軍事委員会メンバーは主席(胡錦濤国家主席)、副主席(習近平国家副主席、郭伯雄大将、徐才厚大将)、梁光烈国防部長、陳炳徳総参謀長、李継耐総政治部主任、寥錫龍総後勤部部長、常万全総装備部部長、靖志遠第2砲兵司令官、呉勝利海軍司令官、許其亮空軍司令官からなる。
14 ただし、中央軍事委員であっても、海軍(空軍)司令官への表敬・会見については、「八一大楼」とは異なる場所に所在する海軍(空軍)の施設で行われることが多い。
15 人民解放軍には諸外国の陸軍司令官/陸軍参謀総長等に相当する役職がないため、複数存在する副総参謀長の一人が陸軍司令官等のカウンターパートに擬せられて対応している。そのため、陸軍軍人である副総参謀長に限らず海空等他軍種出身の副総参謀長が陸軍司令官等のカウンターパートとなる場合も見られる。
16 指導者:中国では、各組織のトップは複数の指導者による集団指導体制が一般的である。人民解放軍部隊の場合、指揮官と政治委員の2トップの下に副指揮官及び副政治委員がそれぞれ複数配置され、彼らを総称して「指導者(層)」としている。彼らが表敬・会談を受ける場合、スケジュール、先方の格、先方の重要度を勘案し、指導者(層)の中の適当な1名が対応している。
 訪問を受ける側にとっては、融通の利く制度であるものの、司令官等当該組織の最高位の者への表敬・会談を希望して訪中する外国の代表団にとっては、プロトコール上も実務上も戸惑いを感じる場合があり、中国の特色あるシステムと言える。
17 胡錦濤国家主席や習近平国家副主席が、「中央軍事委員会(副)主席」の肩書きで外国軍隊関係者の表敬を受ける場合は「人民大会堂」で行われる場合が多い。
18 李継耐編「新世紀新階段国防和軍隊建設」人民出版社、2008年、124頁ほか。

本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。