「いざ!海へ」―海上自衛隊幹部候補生学校卒業式

平成22年3月20日、広島県江田島市にある海上自衛隊幹部候補生学校で第60期一般幹部候補生および第62期飛行幹部候補生の卒業式が行われました。

海上自衛隊幹部候補生学校のある江田島は日本海軍の海軍兵学校が置かれていたところで、イギリスのダートマス、アメリカのアナポリスとともに世界3代海軍兵学校の一つとして数えられてきました。
したがって、江田島は単なる地名ではなく海軍兵学校の代名詞でもあったのです。

明治21年に東京の築地から移転してきた直後は「東京丸」という船で生徒は起居していましたが、明治26年に煉瓦造りの生徒館が完成し、大正6年には大講堂が、昭和11年には諸先輩の偉業を忍び、自己修養と学術研鑽の目的をもって教育参考館が、さらに昭和13年には新生徒館が建設されました。

江田島の一つの特徴は、正門は陸上側に備えられていますが、正面玄関は江田内と呼ばれる海に突き出した桟橋で、海軍兵学校を卒業した少尉候補生はこの表桟橋から練習艦隊に乗り組んでいきました。
このことは現在の海上自衛隊にも引き継がれてきています。
昭和20年8月に海軍兵学校は閉鎖されましたが、その時点で予科在校中の78期生を含め海軍兵学校出身者は25,788名になります。

昭和32年に海上自衛隊幹部候補生学校が開校され、海上自衛隊の幹部はすべて幹部候補生学校での教育を受けて任官するようになりました。幹部候補生学校の卒業生は3月20日の卒業者までで25,472名になり、平成23年度には、海上自衛隊になってからの卒業者数が海軍兵学校出身者数を上回ることになります。

この中で、今回卒業した一般幹部候補生は防衛大学校あるいは一般大学を卒業した者で、飛行幹部候補生は高校卒業後、操縦学生として海上自衛隊に入隊し、以後、パイロットあるいは戦術航空士として専門的な教育を受けてきた者で、幹部への最後の教育を幹部候補生学校で受ける課程です。
この3月20日に卒業したのは、一般幹部候補生195名、飛行幹部候補生90名でした。

大講堂外観(海上自衛隊提供)

卒業式は先にも触れました大正6年に建造された大講堂で行われました。
大講堂は瀬戸内海産の花崗岩、いわゆる御影石造りで、日清戦争の戦利品であった「鎮遠」を売却した資金も充当されたことから海軍兵学校時代には「鎮遠館」とも呼ばれたと言われています。中に入るとほぼ吹き抜けになっており、奥の壇上には玉座も設えてあります。

卒業式は、最初に幹部候補生学校長野井健治海将補(当時)から卒業生一人、一人に卒業証書が授与され、さらに各課程の成績優秀者に優等賞が、また一般幹部候補生課程の首席の者にチリ共和国海軍司令官エドムンド・ゴンザレス大将から勲章が贈られました。
今年は、チリ公使ミゲール・ポクレポビッチ参事官が勲章を伝達されました。

卒業証書授与(海上自衛隊提供)

幹部自衛官としての宣誓(海上自衛隊提供)

続いて、卒業生は海上幕僚長赤星慶治海将から2等海尉(大学院修了者)あるいは3等海尉に任命され、総代が幹部自衛官としての宣誓を行いました。
その後、幹部候補生学校長の式辞、海上幕僚長の訓辞、来賓祝辞と式は続いていきます。
今年の卒業式で特筆することは、在日米海軍司令官リチャード・B・レン少将が在日米海軍司令官として初めて出席され、素晴らしい祝辞を述べられたことです。
少し長くなるかもしれませんが、祝辞を紹介してみたいと思います。

「・・・幹部に任官されたばかりの皆様を、国際的な海軍士官の仲間としてお迎えすることは、私にとってこの上ない喜びです。これは非常に特異な関係であり、世界中でも他に類を見ません。
我々の職務は海と密接な繋がりがあるので、どの国の海軍に所属していようとも、我々の間には絆があるのです。
近々行われる練習航海や、将来の任務を通じ他国の海軍士官と関わる機会がある度に、皆さんはこの繋がりを経験されることでしょう。
海軍士官であるという事は職業を超越したもの、それは使命であり、特別な献身を必要とします。

今年は、日米安全保障条約改定から50年の節目を迎えました。
この条約は過去半世紀に渡り、西太平洋での平和と安定の礎となり、多くの国々が未曾有の繁栄を享受する事を可能としました。

同盟、日本の安全の確保、そして西太平洋の安全を支える主力は、海上自衛隊と米海軍の協力関係に他なりません。これは世界で最も密接かつ効果的な海軍の協力関係なのです。
50年以上に渡り、海上自衛隊と米海軍は、日本の自由と反映の継続を保証するために、共に緊密に働き、訓練し、活動してきました。

海上自衛隊幹部となられた皆様方。そして皆様が指導に当たる部下自衛隊員、指揮統制にあたる艦船・航空機・潜水艦は、国家防衛の第一線にいます。
皆様の絶え間ない自警なしに国の防衛はあり得ず、自らの故郷も守れず、ひいては日本の繁栄の継続、国の存続すら不確かなものとなってしまうのです。

どのような同盟でも、長く続くうえで何らかの意見の不一致が生じてくることが一般的です。日米同盟においても例外ではありません。海の防衛に携わる我々―海上自衛隊と米海軍は、同盟の最も重要な部分が日本の防衛であり、その防衛を提供するのが我々米海軍・海上自衛隊である事を認識しています。

祝辞を述べる在日米海軍司令官レン少将(海上自衛隊提供)

皆様方は、海上自衛隊幹部として、地球上で最も緊密な海軍同盟のパートナーとして、そして特異な海軍将校友愛会の一員として、栄えある旅路に乗り出しました。

自国へ尽くす事よりも高潔な使命はなく、その方法として、海上自衛隊の一員として任務に就くよりも最善の策は他にはありません。
ご卒業おめでとうございます。皆様を我々の仲間として心から歓迎致します。

大講堂における一連の式典が終わると卒業生は、学生館に戻り、候補生の制服から2等海尉あるいは3等海尉の真新しい制服に着替えて午餐会に望みます。

午餐会が終わると、いよいよ江田島に別れを告げ、練習艦隊に乗り組んでいきます。
「赤レンガ」と愛称される幹部候補生学校庁舎の正面玄関から1列縦隊で在校中にお世話になった教官、在校生、家族の前を敬礼しつつ行進し、最後の学校長および海上幕僚長に敬礼の後、機動艇に分乗。
海軍以来の伝統にしたがって「帽振れ」の挨拶を交わして練習艦隊に向かいました。

いざ!海へ(海上自衛隊提供)

家族の前を(海上自衛隊提供)

「帽振れ!」(海上自衛隊提供)