昨今、尖閣諸島を巡って日中の関係がギクシャクしている中、尖閣諸島周辺の我が国の領海あるいは接続水域を中国の「海監○○」が侵犯あるいは侵入したとか、中国の漁船団に「漁政△△△」が随伴しているといった報道をしばしば目にします。
しかし、「海監○○」とか「漁政△△△」は一体何者なのでしょう?
その実態は日本では余りよく分かっていません。
今回、桜美林大学リベラルアーツ学部教授の佐藤考一先生が中国の海上保安機関についてこれまでの調査をまとめた貴重な資料をご投稿下さったので紹介したいと思います。「海監○○」などが何者であるかについて分かり易く説明して下さっています。
佐藤先生は早稲田大学で博士号を取得され、日本国際問題研究所研究員などを経て現職についておられ、海上自衛隊幹部学校、防衛研究所の講師、海上保安庁の政策アドバイザーを兼任しておられます。
なお、本論文の著作権は佐藤考一先生に帰属しておりますので一言申し添えておきます。

(事務局 山内敏秀)

中国の海上保安機関

佐藤考一(桜美林大学)

一、問題の所在

中国の海上保安機関の東シナ海、南シナ海での活動について多くのことが言われている。だが、その実態は分からないことの方が多い。いくつあり、近隣諸国と摩擦を起こしているのは、主にどの組織か。それらの実勢力は、どの程度のものか。中国海軍や多様な組織相互の、連携はどうなっているのか。また、今後、連携・統合などについて、どのような方向を志向しているのか。本稿は、これらの疑問について、現時点で得られた情報を整理したものである。公開情報とヒアリングに基づく情報のみであり、また必ずしも網羅的でもなく、不十分な内容であることを御承知頂きたい。

二、中国の海上保安機関:その概要

中国には、いくつの海上保安機関があるか。アメリカ海軍大学の報告書(Five Dragons Stirring Up the Sea: Challenge and Opportunity in China’s Improving Maritime Enforcement Capabilities)、およびそれを引用・検討した、陸易論文(陸易「中国のコーストガード組織はどうなっているのか?」『世界の艦船』2011年9月号、90-95頁)は、それを、国土資源部国家海洋局海監総隊(中国海監)、農業部漁業局漁政総隊(中国漁政)、交通部海事局(中国海巡)、公安部辺防管理局公安辺防海警総隊(中国海警)、海関総署緝私局(中国海関)の5つとしている。そして、陸易論文は、これらの機関全体の保有船舶総数を約3000隻としながらも、その92%は100トン以下の小型船艇で、実際に近海や排他的経済水域(EEZ)をパトロールできるのは約250隻だとしている([陸易2011:90])(※1)

第1表:中国の海上保安機関一覧

部(省) 執行機関
国土資源部 国家海洋局海監総隊(中国海監)
農業部 漁業局漁政総隊(中国漁政)、漁政漁港監督局(漁監)
交通部 海事局(中国海巡)、港監局(海救)
公安部 辺防管理局公安辺防海警総隊(中国海警)
海関総署 緝私局(中国海関)
教育部 中国海洋大学、上海海洋大学
沿海県郷政府 辺防派出所、捜救中心・打撈(浚渫)部門
備考:教育部傘下の海洋大学は海洋調査のみ、辺防派出所は公安部の、
   捜救中心・浚渫部門は交通部の監督下にある可能性有。

これら機関に加え、中国軍事科学学会常務理事の羅援少将は、交通部港監局に海救、農業部漁政漁港監督局に漁監、沿海県郷政府に辺防派出所、捜救中心・浚渫部門等、があるとしている(『亜洲週刊』2012年5月6日、28-29頁)。一方、シンガポールの華字紙『南洋星洲聯合早報』は、少なくとも11の部(日本の省に当たる)が南シナ海工作に関与しているとしている(『南洋星洲聯合早報』2012年4月24日 [http://www.zaobao.com/special/china/southchinasea/pages/southchinasea120424a.shtml] 8 May 2012 accessed)。この部レベルで、他に筆者に思い当たるのは、教育部の監督下にある、中国海洋大学(※2)、上海海洋大学などの海洋・水産関係の学部を持つ、いくつかの大学である。これらを一覧表にまとめると第1表のようになるが、海洋問題に係わる機関はこれらだけに限られない可能性があることに留意すべきである。

三、中国の海上保安機関:中国海監、中国漁政

以下、[何忠竜他『中国海岸警衛隊組建研究』海軍出版社、2007年、北京]、[陸易2011]及び、中国側の公開情報、筆者のヒアリングの結果等から、中国の海上保安機関の内、近隣諸国と摩擦を起こしている中国海監と中国漁政の、歴史、任務と実勢力、そして、近隣諸国と摩擦を起こした際の、中国国内の他の機関との連携について、わかる範囲のことを略述する。

1.国家海洋局海監総隊:中国海監

歴史

国家海洋局は、国務院の許可を得て、1964年7月22日に北京で、全人代第3期124次会議で批准され、成立した(以下、[何2007:37]、[陸易2011:92-93])。制度上は国務院の管理下であるが、実際に運用・管理しているのは海軍だといわれる。海監総隊の発足は1983年で、1998年になると、国土資源部の管理下に置かれ、1999年1月に正式に「中国海監総隊」が成立、2011年時点で、船艇280隻、航空機9機、海上要員8400名で、1000トン以上の巡視船は21隻であった。この年からスタートした計画で、2020年までに、現有勢力を520隻、15000名体制にする予定である。

任務と実勢力

国家の法律とその与えた職責に基づき、中国の管轄水域を定期的に巡航し、海洋権益の侵犯と海域・無人島の不法な使用に対処し、海洋環境と資源の汚染と損害に対処し、海上施設の破壊や海上秩序を乱す等の違法行為に対処する、などが担当である(以下、『人民日報』2012年3月21日)。北海総隊、東海総隊、南海総隊の3個総隊があり、それらの下に9個の海監支隊、3個の航空支隊、3個の権力維持法執行支隊がある。この他に11の沿海省、自治区、直轄市の総隊があり、100余の市(※3) に海監支隊が、200余の県に海監大隊がある。船艇総数は、380隻余であるが、1000トン以上の海監船は27隻である。

中国国内の他の海上保安機関との連携

東シナ海では、春暁等の中国側が開発中のガス田の警備が中心で、漁政総隊が警備の中心である尖閣諸島周辺海域にはあまり出没していない。但し、2012年8月15日の香港の活動家の魚釣島上陸の際は、尖閣海域に接近してきた(消息筋からの2012年8月17日の筆者のヒアリングによる)。2011年5-6月の南シナ海のトンキン湾の入り口付近(南側)でのベトナムの石油探査船の妨害工作では、まず5月末に海監総隊の船艇がケーブルを切り、6月初めには漁政総隊の船艇に支援された中国漁船がベトナムの石油探査船のケーブルを切って妨害した(2011年11月4日のハノイでの南シナ海紛争ワークショップでのニューサウスウエールズ大学のカーライル・セイヤー教授の報告による)。両者に多少は連携があると見られる。ベトナム側は、無線も電話も中国側に盗聴されていると言っている(ベトナム社会科学院中国研究所関係者からの2011年12月21日のヒアリングによる)。2012年4月以降の南シナ海のスカーボロ礁周辺海域での中国漁船とフィリピン沿岸警備隊の摩擦では、漁政総隊と連携して漁船の保護に当たった(『艦船知識』2012年7月号、北京、16頁)。

2.農業部漁業局:中国漁政総隊

歴史

1986年の「中華人民共和国漁業法」の制定により、漁業取締船隊が組織された(以下、[陸易2011:93-94])。そして、1995年から「中国漁政」の名称に統一された。漁政総隊の編成は、黄渤海区黄渤海総隊、東海区東海総隊、南海区南海総隊に分かれ、さらに海区漁政船と地方漁政船に分かれる。2011年時点で、総勢1382隻であったが、300トン・クラス以上は、わずか30隻である。

任務と実勢力

中国の海洋権益(漁業資源)の保護と外国の海上保安機関からの中国漁船の保護を担当する(『艦船知識』2012年7月号、北京、16頁)、休漁期の遵守監督、国内を含めた密漁の摘発、漁業安全(事故防止・捜索救難)、資源保護・生態系保護、漁業管理などが主な任務である(『中国漁業年鑑2011』中国農業出版社、2012年、北京、134-135頁)。海上要員数については、一説では2005年末で1000名だという[何2007:37]。この数字は、下記の保有船艇数から見て、少なすぎる印象がある。漁政総隊の船艇は、2010年末で1421隻だが、海洋漁政船艇は450隻のみ(※4) 、200海里排他的水域での管理に従事しているのは49隻だけで、1000トンを超える漁政船は8隻しかない(『艦船知識』2012年7月号、北京、16頁)。これらは、黄渤海区漁政局に1隻、東海区漁政局に2隻、南海区漁政局5隻、配備されている。船艇番号が3桁のものが海区漁政船で、100番台が黄渤海区、200番台が東海区、300番台が南海区で、これらは船艇番号が5桁の地方漁政船より大型である(消息筋からの2012年6月8日の筆者のヒアリングによる)。なお、漁政310だけは、船艇番号が300番台で、南海区の所属であるにもかかわらず、しばしば尖閣諸島周辺海域に現れている(『艦船知識』2012年7月号、北京、20頁、『海上保安レポート2012』海上保安庁、2012年、東京、67頁)。2010年9月の尖閣諸島周辺海域での福建省のトロール漁船の日本の海上保安庁巡視船への衝突事件以降、尖閣諸島周辺海域にも出没するようになっている。

南シナ海に面した福建、海南、広東、江西4省の漁船総数は18万7201隻、漁政総隊の全船艇が1421隻だとすると、とても全漁船を近隣諸国の海上保安機関とのトラブルから守ることは出来ない(『艦船知識』2012年7月号、北京、16頁、『中国漁業年鑑2011』中国農業出版社、2011年、北京、219頁)。2011年11月のハノイでの南シナ海紛争ワークショップにおいても、北京の外交部、人民解放軍の関係者は、ベトナム側に挑発的な態度で臨んだが、漁業従事者の多い海南省の研究者はこれに批判的で、ベトナム側に融和的であった。漁政総隊の船艇数の問題が関係しているものと思われる(2011年11月5日の海南省のワークショップ参加者への筆者のヒアリングによる)。
中国国内の他の海上保安機関との連携

2011年のトンキン湾の入り口付近でのベトナムの石油探査船に対する妨害工作や、2012年のスカーボロ礁周辺海域での中国漁民のフィリピン沿岸警備隊からの保護で、海監と連携した点については、海監の項で既述。他に、2009年6月30日には、トンキン湾で、公安部の中国海警船艇と合同パトロールを実施している(『艦船知識』2012年7月号、北京、16頁)。他に、『中国漁業年鑑』の記述によると、中国漁政総隊は、トンキン湾やパラセル諸島(中国名:西沙群島)周辺海域では、中国海警、中国海軍の船艇・艦艇とも一部で連携して、ベトナムやフィリピンの漁船の「密漁」に対応しているという(『中国漁業年鑑2008』中国農業出版社、2008年、北京、147-148頁)。

四、中国の海上保安機関:その他

ここでは、中国のその他の海上保安機関、交通部海事局海巡、公安部辺防管理局海警総隊、海関総署緝私局、について略述する。

1.交通部海事局:海巡

歴史

交通部海事局は、1998年10月27日に、港務監督局と船舶検験局が合併して設立された(以下、断りのない限り、[何2007:37-38]、[陸易2011:94]よりの引用)。

任務と実勢力

国の水上安全監督と海難救助、航路管制、海洋汚染への対応(沈船の燃油処理)、測量、水路業務、サルベージ(浚渫)などを担当。天津、上海、広東、海南の4つの管区に、14の中央直属海事局が設置されている他、沿海省・市にも各自の地方海事局を設けている。人員は、約2万名(内海上要員2000名)、保有船艇は813隻であるが、97%は国内河川用(503隻)か100トン以下の小型船艇(292隻)で、近海や排他的経済水域をパトロールできるのは18隻に過ぎない。1000トン以上の船艇は3隻のみ。海巡は、日本の国土交通省・海上保安庁との関係も比較的良好で、2004年の海上保安庁の観閲式にも参加した(『海上保安レポート2005』海上保安庁、2005年、東京、110頁)。2012年7月に、中国国内で最大級の海洋取締船「海巡01」(全長129m、排水量5418トン)が進水している(『人民日報』電子版2012年7月29日、『朝日新聞』2012年7月29日)

中国国内の他の海上保安機関との連携

不明。

2.公安部辺防管理局海警総隊

歴史

1970年代初に、沿海治安維持の需要に応じて海上公安巡羅大隊(海巡大隊)が建設された(以下、断りのない限り、全て[何2007:37-40])。1985年以降、海洋治安の複雑化の趨勢を受けて、各省区海巡大隊が海巡支隊に昇格し、1987年6月に公安辺防体制が調整され、海巡支隊は、海警支隊と改称された。最終的に公安部辺防管理局が所管する中国公安辺防海警総隊は2007年に成立した([陸易2011:91])。

任務と実勢力

海警総隊の任務は、国家領土主権と海洋権益の保全である。沿海の船舶の治安案件と海洋で発生する治安行政案件の調査、処理、国境外の敵対勢力や敵対分子の潜入潜出、やくざ社会の浸透破壊、盗品の販売、強盗、密貿易、武器や毒物の不法販売、その他の犯罪活動や不法出入国とその組織の防止と打撃、である。海上要員数は2005年末で10000名余り。黄渤海海区(天津、河北、遼寧)、黄海東海海区(山東、上海、江蘇、浙江、福建)、南海海区(広東、江西、海南)に、計11の総隊が編成されており、警備船艇総数は265隻、最近獲得した3隻の1000トン・クラスの警備艇(内2隻は海軍を退役した江滬型フリゲート)を除くと、ほとんどは200トン未満の小型船艇である([陸易2011:91-92])。

中国国内の他の海上保安機関との連携

既述のように、南シナ海で一部が中国漁政と協力して、ベトナムやフィリピンの漁船の「密漁」に対応している。なお、1993年2月に問題になった、東シナ海の公海上での違法な臨検行為は、密輸を取り締まるためだった可能性があるが、海警と海関が関与したことを後に中国側が認めた(消息筋からの2009年3月4日の筆者のヒアリングによる)。

3.海関総署緝私局

歴史

1998年に海関総署に、内設局の一つとして緝私局が成立したが、これは公安部の一つの序列部局でもあるとされている(以下、[何2007:38-39])。但し、海関の海上取締は海警の項で紹介したように1993年にも事例があるし、名称は別として歴史的にはもっと古くから存在するはずである。

任務と実勢力

税に関わる闇取引や、武器・弾薬・毒物・偽造貨幣・ポルノ・禁製品や文物等の闇取引(密輸)をする犯罪者の捜査、拘留、逮捕で、地方の公安にも責を負っている。他に本報告の対象外であるが、もちろん出入国管理が任務としてある(以下、[陸易2011:94-95])。職員数は48000名あまりだが、海上要員は9000名ぐらいで、保有船隻数は212隻、400トン・クラスが約16隻、160~230トン・クラスが約70隻、あとは小型高速艇かモーター・ボートである。

中国国内の他の海上保安機関との連携

海警の項で、既述のように1993年2月の公海上での密輸の取り締まりに海警と共に従事した。上記のように組織上も公安との連携がある。

五、まとめ

以上が、中国の海上保安機関についての筆者の得た情報の整理であるが、これらを日本の海上保安庁と比較するとどうであろうか。また、彼らの任務の重複や、彼らの組織と過去の南シナ海・東シナ海での事件との関連で何が言えるか、最後に簡単にまとめて見たい。

 第一に、海上保安庁との比較であるが、海保は全国を11管区に区分し、人員は12000余名で、海上要員は6000名強である。密輸、不法入国、不審船、密漁、船火事、海洋事故等、国防案件以外のほぼ全てを担当する。巡視船121隻、巡視艇(全長35m以下の小型艇)236隻、計357隻、航空機73機、内飛行機27機、回転翼機46機、を擁する(『海上保安レポート2012』海上保安庁、2012年、144頁、150頁、柿谷哲也『海上保安庁「装備」のすべて』サイエンス・アイ新書(ソフトバンク・クリエイティブ)、2012年、東京、52頁)。2012年時点で、1000トン以上の巡視船は、51隻である(『海上保安レポート2012』海上保安庁、2012年、148-149頁)。日本近海にも出てくる1000トン以上の、中国海監の27隻、漁政総隊の8隻と比べて遜色はないし、これら2機関は中国の全海域を担当しているので、東シナ海だけに大型船艇を集中させることはできない。海保は、装備面で優勢である。

 この点は中国側も認めている。中国国家海洋局の李立新局長は、漁政総隊は総トン数で日本の3000トンの半分にも満たない、といっているし、『人民日報』は海監についても、その装備は日本に水をあけられているといっている(「中国が5年で漁業監視船を30隻建造、日本は100隻超保有」『中国網日本語版』2010年10月12日、「日本に水をあけられている中国海監の装備」『人民網日本語版』2012年4月19日)(※5) 。ただ、注意を要するのは、それでも、彼らは挑発行為を仕掛けてくることがあるということである。尖閣諸島周辺海域には、2010年の福建省の漁船の海上保安庁巡視船への体当たり事件以後、漁政総隊の船艇が出てくるようになった(『朝日新聞』電子版2010年9月29日)。また、2012年4月12日には、海監所属の航空機が東シナ海中部海域にて警戒中の護衛艦「あさゆき」に対して、水平約50メートル、垂直約50メートルの距離に接近し、2周ほど周回する事件が発生している(「お知らせ 中国航空機による護衛艦『あさゆき』への近接飛行事案」統合幕僚監部、平成24年4月12日)。

 次に、中国の海上保安機関同士の任務の重複であるが、第三節、第四節に記した内容からわかるように、漁業監視では海監と漁政、海洋汚染防止・環境保護では、海監、漁政、海巡の任務が重複している。海警と海関については、密輸や各種の海上犯罪への対処のために、組織間の相互乗り入れがあるようであるが、他の組織同士の任務の重複は、これも既述のように、時に連携することがあっても、基本的には予算の奪い合いになり、中国の海上保安能力を大幅に削いでいるといわれる(『南洋星洲聯合早報』2012年4月24日[http://www.zaobao.com/special/china/southchinasea/pages/southchinasea120424a.shtml] 8 May 2012 accessed)。本稿で引用した、羅援少将や、何忠竜武警上校が、複数ある海上保安機関の統合を唱える理由がここにある。羅援少将は、統合組織を「国家海岸警備隊」と呼び、何忠竜上校は「中国海岸警衛隊」と呼んでいるが、アメリカの沿岸警備隊、韓国の海上警察と共に、「中国海岸警衛隊」のモデルの一つは海保であり、特にその教育システム(※6) に注目しているようである(『亜洲週刊』2012年5月6日、28-29頁、[何2007:189-195])。

 最後に、過去の東シナ海・南シナ海での事件との関連であるが、筆者の関心は、①1978年4月に尖閣諸島周辺海域に出てきた200隻近い武装漁船の事案と、②1995年のミスチーフ礁事件以降にフィリピン海軍と小競り合いを起こした中国漁船の事案、そして③既述の2011年6月初のトンキン湾の入り口付近で中国漁船がベトナムの石油探査船のケーブルを切断した事案と、これら中国の海上保安機関の関係である。どうして、これら3つを挙げるのかというと、これらは、単なる漁船の不法操業とは問題の質が違い、政治的、軍事的な意図が背景にあり、不正規戦や、相手のかく乱を狙うことを目的とした、いわゆる「海上民兵」(※7) であろうと考えられるからである。

 ①について、近年明らかになった事実は、武装漁船を尖閣諸島に差し向けたのは、当時言われていた四人組の残党ではなく、ミサイル駆逐艦の沈没事件で鄧小平と対立した海軍軍人の蘇振華だったということである(東京大学の高原明生教授の、2011年7月23日の御教示による)。この事件については、発生当時から、海上保安庁の巡視船や航空機が、山東省煙台の海軍基地と福建省アモイの軍港から、武装漁船が無線で指示を受けていたことを突き止めていた(杉本信行『大地の咆哮 元上海総領事が見た中国』PHP研究所、2006年、東京、63頁)。漁船が軽機関銃を据え、武装していたこと([杉本2006:64])、海軍から指示を受けていたことは、きわめて不可解であった。

 ②については、フィリピン海軍が拿捕した中国漁船からシアン化合物(青酸)や爆発物など、素人には入手し難いものが見つかったこと、また船内から中国海軍の水兵の制服が押収されたケースもあったことが問題である(『東南アジア月報』1995年5月号、103頁、『東南アジア月報』1995年8月号、103頁、Philippine Daily Inquirer, 14 July 2012 [http://globalnation.inquirer.net/44041/Chinese-warship-stuck-on-ph-reef] 2 September 2012 accessed, フィリピン国軍の関係者からの、1995年11月11日の筆者のヒアリングによる)。③については、海監の項で既述のように、この漁船が漁政総隊の船艇に支援されていた、という点が注目点である。

 ①、②は、現在は、海監か漁政に区分されている組織の関係者あるいは海軍の水兵そのものだった可能性がある。フィリピン側は、②の漁民には軍歴があるか、軍人が漁民に偽装して出てきたと見ている(フィリピン国軍の関係者からの、1995年11月11日の筆者のヒアリングによる)。③については、明らかに漁政総隊と関係があるであろう。重要な点は、尖閣諸島周辺海域に出てくる中国漁船に、これらのような漁民に化けた「民兵」による工作があったかどうかである。2010年9月の、海保の巡視船に体当たりした福建省の漁船も含め(※8)、21世紀に入ってから現在までのところ、そこまで悪質な事案はないようである。

 これは、中国側が日本の海上保安庁や自衛隊の実力を熟知しており(※9)、国軍や法執行機関が弱体なフィリピンに対してのように、政治的な動揺を狙った揺さぶりを仕掛けてきてはいないことが大きいと考えられる。だが、1978年の武装漁船の事案から見ると、胡錦濤体制から習近平体制への権力の継承期である現在は、鄧小平の権力掌握期で権力闘争があった当時と、状況が似ている面はある(※10)。中国側の各機関の対応や、大型船艇の隻数や装備(軍艦の転用や、軍艦と同じ仕様の船艇の増加)に変化がないか、また、今まであまり海保と摩擦を起こしてこなかった、海巡や海警、海関などの東シナ海進出がないか、慎重な観察が求められる。アジア海上保安機関長官級会合や、2012年5月に始まった日中海洋協議等を通じた中国側との信頼醸成が必要であるが、同時に連日、数百隻の中国漁船が尖閣諸島周辺の東シナ海海域に出漁してくる状況に鑑みて、海保は、巡視船の装備の再考や、海上自衛隊、アメリカ海軍との情報交換や連携の強化も急ぐべきであろう。


1. 船艇のトン数が排水量トンなのか、総トン数なのか、陸易論文は明らかにしていないが、後述する『艦船知識』、『人民日報』のデータは排水量トンである。
2. 中国海洋大学は現在は総合大学だが、海洋科学関係の学部の卒業生が国家海洋局に就職する人的つながりがある(九州大学の益尾知佐子准教授の2011年10月6日の御教示による)。
3. 中国の県は、行政単位としては市より規模が小さい。市については、北京や上海のように、省レベルの扱いを受けているものもある。
4. 中国漁政の所属船艇は、沿岸や淡水を担当する小型船艇が多いためと考えられる。
5. ただ、「日本に水をあけられている中国海監の装備」『人民網日本語版』2012年4月19日、の数値は、海上保安庁の2005年時点の巡視船艇の合計数を700隻余りとするなど、若干の疑問もある。「敵」の脅威を水増ししている印象が大である。
6. [何2007:189-195]には、海上保安大学校、海上保安学校が、その教育課程と共に、4枚の写真入りで簡単に紹介されている。
7. 「海上民兵」とは、海軍の命令で、海上において不正規戦を行う者、という程度の意味で用いた。『艦船知識』2012年7月号、北京、17-19頁、には、「漁民は海上民兵であり、海南島の三亜では100名以上を組織している」、との記述が見える。彼らの対応は、西側の軍事用語でいう、ゲリラ・コマンドとそう変わらない。
8. 巡視船に体当たりした漁船の船長は、操業中に飲酒していたと見え、酒臭かったという(2010年11月10日の消息筋からの筆者のヒアリングによる)。なお、東シナ海での事例は不明だが、南シナ海では中国当局が漁民に燃料代として補助金を与え、出漁させていた事例があるという(『琉球新報』2012年8月18日、益尾知佐子九州大学准教授の2012年8月31日付のメールによる御教示による)。
9. 「海自に及ばぬ中国海軍 中国少将『敢闘精神あるのみ』」『朝雲新聞』電子版、2012年8月2日。
10. 鄧小平は1978年12月の中共11期3中全会で、権力を確立する(『岩波現代中国事典』岩波書店、1999年、東京、939-940頁)。

引用参考文献

英文
Philippine Daily Inquirer電子版、http://globalnation.inqirer.net/

中文
何忠竜他『中国海岸警衛隊組建研究』海軍出版社、2007年、北京。
国家海洋局『中国海洋発展報告』2009年版、海軍出版社、北京。
『南洋星洲聯合早報』電子版、http://www.zaobao.com.sg/
「鄭明少将賛賞 南海維権的漁船、漁政船」『艦船知識』2012年7月号、北京、16-22頁。
余建斌「例行巡航 宣示主権」『人民日報』、北京、2012年3月21日。
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邦文
『朝雲新聞』電子版、http://www.asagumo-news.com/
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杉本信行『大地の咆哮 元上海総領事が見た中国』PHP研究所、2006年、東京。
陸易「中国のコーストガード組織はどうなっているのか?」『世界の艦船』2011年9月号、海人社、東京、90-95頁。