「国家安全保障戦略」についてコメント

元海上自衛隊・自衛艦隊司令官
村中 壽雄

 本稿は、平成25年12月17日付で国家安全保障会議及び閣議決定された「国家安全保障戦略」、「平成26年度以降に係る防衛計画の大綱」及び「中期防衛計画(平成26年度~平成30年度)」について筆者の個人的見解によるコメント(注目点・批評・提言)を記述したものであり、文責は全幅筆者が負うものである。(26.2.6記)

 国家安全保障会議(NSC)が設立(25年11月27日)されて、そのバックボーンとして準拠すべき我が国の安全保障に関する外交・防衛に関わる政府の戦略的方策について、おおむね10年程度の期間を念頭に置いて策定されたものであるが、「国防の基本方針」(昭和32年5月20日国防会議・閣議決定)に代わるものとされていることなどについて、次のような疑問がある。

1 この「国家安全保障戦略」は、国防の基本方針に代わり得るものか
 国防の基本方針は、昭和51年に初めて防衛計画の大綱(51大綱)が策定される以前、昭和32年5月、国防会議及び閣議決定されたものであるが、今日まで半世紀以上にわたり、我が国の安全保障を巡る環境が劇的な変化を続けてきたにもかかわらず、憲法のような見直し論議はほとんどなかった。すなわち、この基本方針は、中長期にわたり見通し得る情勢の変化には連動することがない、政府の国防に関する政策や防衛力整備計画上の普遍的理念といった性格のものであると言える。 事実、初めて策定されて以来、この度を含めこれまでに4度見直された防衛計画の大綱のうち、この度の見直し(25大綱)以外はいずれもこの「国防の基本方針」に基づくことを明確にしている。

 国防の基本方針(昭和32年5月20日国防会議及び閣議決定)
 国防の目的は、直接及び間接の侵略を未然に防止し、万一侵略が行われるときはこれを排除し、もって民主主義を基調とする
 わが国の独立と平和を守ることにある。この目的を達成するための基本方針を次のとおり定める。
 (1)国際連合の活動を支持し、国際間の協調をはかり、世界の平和の実現を期する。
 (2)民生を安定し、愛国心を高揚し、国家の安全を保障するに必要な基盤を確立する。
 (3)国力国情に応じ自衛のため必要な限度において効率的な防衛力を漸進的に整備する。
 (4)外部からの侵略に対しては、将来国際連合が有効にこれを阻止する機能を果たし得るに至るまでは、米国との
   安全保障体制を基調としてこれに対処する。

 国防の基本方針を受けて、次の事項を基本とする「国防の基本政策」が作成され、51大綱に示されて以来、この度の見直しにおいても全く変えられることなく踏襲されている。
 (1)専守防衛
 (2)軍事大国にならないこと
 (3)非核三原則遵守
 (4)文民統制の確保

 この度策定された「国家安全保障戦略」は、冒頭において「国防の基本方針」に代わるものと示されている。しかしながら、国家安全保障戦略は、本来、中長期の情勢に応じて国家の平和と安全、繁栄という安全保障の目標を達成するための政策上の方策であり、普遍的な国防政策上の理念を示す「国防の基本方針」の下位に位置づけられるべき性格のものである。

 今日、そして今後見通しうる将来において、我が国内外の安全保障を巡る情勢は、現在の「国防の基本方針」が策定された当時とはあまりにも大きな相違があり、普遍的であるべき指針が陳腐化しているところがあることは否めない。少なくとも、第4号「外部からの侵略に対しては、将来国際連合が有効にこれを阻止する機能を果たし得るに至るまでは、米国との安全保障体制を基調としてこれに対処する」という方針は改める必要がある。
 また、「国防の基本方針」の策定を受けて決定された「国防の基本政策」も、改めなければならないところがある。(第Ⅱ項において具体的に指摘する。)

2 国家安全保障戦略の位置づけ―米国の「国家安全保障戦略」との比較
 米国では、ゴールドウオーター・ニコラス法(1986年成立)によって、毎年度、大統領が ”National Security Strategy (NSS) “ を作成して議会に報告することが定められている。最近ではオバマ大統領が2010年に作成した “National Security Strategy (May 2010)” がある。同大統領は再選された2012年1月に ”Sustaining U.S. Global Leadership: Priority For 21st Century Defense” を発表しているが、これはNSS に代わるものであろう。
 クリントン大統領は任期中の1994年から2001年まで毎年、ブッシュ大統領は2006年と2002年に、それぞれ作成している。
 なお、NSSに基づき4年毎に国防長官が ”Quadrennial Defense Review (QDR)” を, これを踏まえた”National Military Strategy (NMS) “ を統合参謀本部議長が作成し、それぞれ大統領と議会、大統領と国防長官に報告することが同じくゴールドウオーター・ニコラス法によって定められている。
 この度我が国で初めて策定された「国家安全保障戦略」は、米国に倣って設置されることとなった「国家安全保障会議」(NSC)とそれをサポートする「国家安全保障局」(平成25年11月27法律成立)のバックボーンとしての我が国の安全保障に係る外交・防衛政策の指針である。
 すなわち、これを踏まえて「防衛計画の大綱」の防衛戦略構想、防衛力の運用、防衛力整備等の基本的事項が示されることになる。

3 外交政策に偏重した内容と不明瞭な防衛政策
 安全保障に関する国家の政策には、防衛力とともに外交が果たすべき役割が不可欠であることは言うまでもないが、この「国家安全保障戦略」では国際協調主義に基づく「積極的平和主義」を標榜した外交政策に関する記述が繰り返し述べられている一方、防衛政策については、主として第Ⅳ項「我が国がとるべき国家安全保障上の戦略的アプローチ」の第2号「我が国を守り抜く総合的な防衛体制」のほか、関連する各項では断片的に述べられているに過ぎない。

 「総合的防衛体制」の構築については、
(1) 戦略環境の変化や国力国情に応じ実効性の高い総合的な防衛力を効率的に整備
(2) 統合運用を基本とする柔軟かつ即応性の高い運用
(3) 武力攻撃事態等から大規模自然災害に至るあらゆる事態にシームレスに対応するための総合的な体制
と示されており、その中核を担う自衛隊の体制整備については、防衛計画の大綱と中期防衛力整備計画によるとされている。

 今日、我が国にとって安全保障上喫緊の課題は、中国による尖閣諸島の問題、とりわけ軍事力の介入による武力紛争事態へのエスカレートの蓋然性に備えるべき自衛隊の体制と装備の強化であるが、果たして、どのような方針のもとに「武力攻撃事態等から大規模自然災害に至るあらゆる事態にシームレスに対応するための総合的な体制」との方策を打ち出したのか不明確であり、至極当然なことを抽象的な用語により述べているに過ぎなく、大綱に示す方針として的確とは言えない。

 また、中国に加えて北朝鮮の核攻撃の脅威が高まっている中で、16大綱までは「核兵器の脅威に対しては、米国の核抑止力に依存」と示されていたのが、22大綱に引き続き25大綱では、「核兵器の脅威に対しては、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止は不可欠」という表現に変えられた。

(コメント)
1 この度策定された「国家安全保障戦略」は「国防の基本方針」に代わるべき性格のものではない。現在の「国防の基本方針」は別途見直し新たに策定するか、あるいは廃止し、憲法の前文及び関係条項から演繹される国家としての基本方針・理念に委ねることが適当と思料する。

2 また、「おおむね10年程度の期間を念頭に置いた」とし、特に重要な変化があれば修正を行うとしているものの、安全保障を巡る我が国内外の情勢は引き続き短期間のうちに大きく変化する可能性が高いことから、米国に倣って少なくとも5年程度で見直しすることが望ましく、また、防衛計画の大綱も、防衛力整備主要事業の完成に要する期間を考慮して5年毎に見直すこととし、これを受けて中期防衛力整備計画が作成されることが適当と考える。

3 中国は、日米安保条約に基づく米国の介入を避けつつ、我が領土と領海・経済水域に対する様々な侵略の事態をエスカレートさせる蓋然性が高い。これに対して、我が国が対応すべき事態の拡大抑止と危機に対処するために強化すべき防衛の体制・戦略が不明瞭である。また、米・中・日政府の事態拡大抑制の意図にもかかわらず偶発的に大規模事態(戦争事態)に拡大する可能性も否定できない。このような目下の危険な情勢において、この「国家安全保障戦略」には、中国の如何なる侵略にも決然と対応するための戦略的決意が見えない。

4 核兵器の脅威に対して、従来、米国の核抑止力に依存することとされていたが、22大綱以降、米国の核抑止力は不可欠という記述に変えられているのは、我が国の対応にどの様な違いがあるのか不明瞭である。「非核三原則」の基本政策の変更を意図しているのか、気懸りなところである。

(参考)
「日本の防衛(平成17年版、平成23年版)」
「防衛ハンドブック 朝雲新聞社刊」