「特集・集団的自衛権」

今こそ問う!「集団的自衛権」(6)
-10の本質的論点について香田洋二氏に聞く-

聞き手:山田道雄理事

 当コーナーでは、「賛成・反対を言う前の集団的自衛権入門」(幻冬舎刊)の著者で、自衛隊第一線部隊指揮官の経歴を持つ元自衛艦隊司令官香田洋二氏に、10個の本質的論点についてインタビューし、1問1答の形で10回に分けて配信します。


香 田 洋 二 氏 略 歴

2006年、佐世保地方総監当時
(ウィキペディアから)

1949年 徳島県出身
1972年 防衛大学校卒(16期)、海上自衛隊入隊
1990年 護衛艦さわゆき艦長
1992年 米海軍大学指揮課程修了
1996年 防衛庁海上幕僚監部防衛課長
1999年 第3護衛隊群司令
2001年 防衛庁海上幕僚監部防衛部長
2003年 護衛艦隊司令官
2004年 防衛庁統合幕僚会議事務局長
2005年 佐世保地方総監
2007年 自衛艦隊司令官
2008年 退官
2009年 ハーバード大学アジアセンター上席研究員
    (Senior Fellow)に招聘
現 在 ジャパン マリンユナイテッド(株)顧問
    国家安全保障局顧問



論点⑥:「戦闘地域で自衛官を死なせてもいいのか?」


― 昨年7月の閣議決定後の安倍総理の記者会見で、「これからは自衛官が死んでもいいのか」という質問を突きつけた記者がいました。その後の国会審議でも自衛官に同情する形で集団的自衛権の行使に反対する政党もありますが。
香田 これまで戦闘地域に赴くことのなかった自衛隊員を死なせるようなことは間違っているというものです。この考え方には、自衛官への思いやりを感じる人もいるでしょう。しかし私にいわせれば、自衛官に対して失礼な見方です。「事に臨んでは危険を顧みず」(編集局注)という自衛官の覚悟は、そんなに軽いものではありません。独善的だという批判を承知の上で申し上げれば、そこには、ほかの職業にはないプライドがあります。

(編集局注) 自衛隊法施行規則39条に規定。自衛隊員になった際、宣誓文を記載した宣誓書に署名捺印して宣誓を行わなければならない。宣誓は次の通り。
「私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法および法令を順守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感を持って専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託に応えることを誓います」

 我が国の防衛という本来の任務を遂行する際、たとえ一部とはいえ隊員が自らの死を前提として日本国という有機体を守る組織は、自衛隊以外ありません。自分の家族の安全が侵され、日本の国民の安全が危うくなり、日本の国益が根こそぎ失われようとしたときに、自らの危険を顧みずに任務を果たすのが自衛官です。これが自衛官の価値観であり、倫理観です。自分が死なないように国から守ってほしい者は、そもそも自衛官を生業とはしないでしょう。
 もっとも自衛官といっても、入隊してくるのは日本の社会で育った普通の若者ですから、最初からそのような強い目的意識と使命感があるわけではありません。ほとんどの自衛官は、入隊後何段階にもわたって行われる教育訓練や実際の任務を通じて、いま述べたような使命感や職業倫理を身につけ、「現代の防人(さきもり)」となるのです。
 これはいうまでもなく、世界中の軍人に共通の覚悟です。その覚悟を共有しているから、どこの国へ行っても軍人同士はすぐに仲良くなれるのです。
 もちろん、その覚悟が出来ているからといって、無闇なことをするわけではありません。それこそインド洋派遣のときのように、集団的自衛権や武力行使が許されない任務であれば、戦闘に巻き込まれる前に現場から離れるという、自衛官として苦しい、もっといえば、武人として恥ずかしい判断を躊躇なくします。
 しかし、いったん国として集団的自衛権の行使を認めると決め、自衛官をその任務に就かせる必要が生じたときには、私は最高指揮官である総理大臣に躊躇してほしくはありません。自分が退官したからこんなことをいっているわけではなく、すべての自衛官はそう考えています。今日までの自衛官への倫理教育の成果です。
 先ほど述べたように、自衛官は憲法を1ミリたりとも逸脱しないような教育を受けています。これは日本独自のものでしょう。しかしそれと同時に、世界共通の戦闘員としての教育も受けているのです。そういう組織は、自衛隊のほかにありません。人間ですから誰でも死ぬのは怖いでしょう。中には敵前逃亡を図るような卑怯者もいるだろうとは思います。人類共通の事象として、どこの軍隊にもそのようなものはいます。しかしほとんどの自衛官は、その命(めい)を受ければ怯むことなく任務に向かいます。
 それが自衛隊ですから、為政者はそれを最後の手段として使うことをためらってはいけません。そして国民の信託を受けた為政者として、我が国防衛のための最後の手段として武力を行使するという決断をした以上、戦死者が出た場合を含むすべての結果に対して責任をとるのもまた為政者です。
 しかしだからといって「集団的自衛権の行使によって自衛官が死んでもいいのか」などというのは、同情的に見えるようで、自衛隊への侮辱以外の何ものでもありません。
 極端にいえば、「同情」に名を借りた悪質な反対論の展開です。
(第6回了)