「特集・集団的自衛権」

今こそ問う!「集団的自衛権」(10)
-10の本質的論点について香田洋二氏に聞く-

聞き手:山田道雄理事

 当コーナーでは、「賛成・反対を言う前の集団的自衛権入門」(幻冬舎刊)の著者で、自衛隊第一線部隊指揮官の経歴を持つ元自衛艦隊司令官香田洋二氏に、10個の本質的論点についてインタビューし、1問1答の形で10回に分けて配信します。


香 田 洋 二 氏 略 歴

2006年、佐世保地方総監当時
(ウィキペディアから)

1949年 徳島県出身
1972年 防衛大学校卒(16期)、海上自衛隊入隊
1990年 護衛艦さわゆき艦長
1992年 米海軍大学指揮課程修了
1996年 防衛庁海上幕僚監部防衛課長
1999年 第3護衛隊群司令
2001年 防衛庁海上幕僚監部防衛部長
2003年 護衛艦隊司令官
2004年 防衛庁統合幕僚会議事務局長
2005年 佐世保地方総監
2007年 自衛艦隊司令官
2008年 退官
2009年 ハーバード大学アジアセンター上席研究員
    (Senior Fellow)に招聘
現 在 ジャパン マリンユナイテッド(株)顧問
    国家安全保障局顧問



論点⑩:「一部政党が提案している領域警備法を制定する必要性はあるのか?」


― 貴著「賛成・反対をいう前の集団的自衛権入門」でも、グレーゾーン事態に関連して、日本には 「領海を守る法律がない」という主張をされていますが。
香田 現在尖閣諸島を「警備」しているのは海上保安庁だと一般には思われています。2010年に尖閣諸島付近で発生した中国漁船との衝突事件も、対応したのは海上保安庁の巡視船でした。因みにここでは「警備」という語は、我が国の領土や領海等の領域を守るという意味で使用します。
 海上保安庁の任務を定めた海上保安庁法第2条には、「海難救助、海洋汚染等の防止、海上における船舶の航行の秩序の維持、海上における犯罪の予防及び鎮圧、海上における犯人の捜査及び逮捕、海上における船舶交通に関する規制」などとあるだけです。海上の治安を守り、航行の秩序を維持するのが海上保安庁の任務であって、そこに領域の警備は含まれません。
 海上保安庁は警察と同じ、あくまで日本の法律の執行機関です。外国の民間船に対しては漁業法違反や移民法違反などの国内法を執行できますが、外国の軍艦や公船には日本の法律が一切及びません。従って、領海に侵入してくる外国の軍艦や公船に対して海上保安庁ができるのは、「日本の領海に入っているから出なさい」と警告することだけです。これでは領海を守り通すことはできません。相手の公船は警告を無視できるからです。

― では領海を警備しているのは自衛隊なのでしょうか。
香田 ご承知のとおり、自衛隊の本任務は、自衛隊法第3条で、「直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛すること」と定められています。ここは当然、警戒監視活動も含まれます。しかし、自衛隊がこの任務を遂行するには、防衛出動命令が必要であり、尖閣事案に対してそのような命令は出ていません。
 現在、海上自衛隊は、周辺海域に哨戒機P-3Cを毎日飛ばして情報を収集し、海上保安庁に提供しています。これは実質的には、我が国の領域を警備するための「警戒監視」ですが、法律上は、自衛隊の基本任務を定めた自衛隊法第3条の任務ではなく、防衛省設置法第4条の「調査研究」に位置づけられる行動です。
 護衛艦は突発事態が起こった際の後方の備えとして、現場から離れたはるか遠くの位置で行動しているようです。P-3Cの警戒監視飛行は、我が国の防衛に必要な任務遂行のための「調査研究」をやっているにすぎず、尖閣周辺で突発事態が起こっても、自衛隊法の任務として行動していない自衛隊は、すぐには何もできません。事態の推移を見守るだけです。
 先ほど出てきた、防衛出動よりハードルの低い「海上警備行動」という出動形態もあります。しかし、海上警備行動で行使できるのは、あくまで警察権です。武器使用が認められるのは警察権の範囲内であり、自衛権に基づく武力行使として用いることはできません。
 しかも、行使できるのは、あくまでも日本の法律が及ぶ対象の違法行為に対してです。外国の軍艦や公船に対しては日本の法律の効力は及ばないので、日本の主権が侵害されていても、手を出すことができません。領海侵犯されても、海上保安庁と同じか、それ以下のことしかできないのです。

― 「このような日本の領域・領海を誰も守っていないという法制上の穴をどう埋めるのか」「よく例えられる尖閣に武装集団が上陸するシナリオのように、海上保安庁や警察の能力を超え、防衛出動も発令されないというグレーゾーン事態にどう対処するか」という聞題について、一部野党が対案として出している「領域警備法」の必要性も含め、どのようにお考えですか。
香田 一見、野党の主張は的を射ているように思えますし、野党指摘の観点からの必要性が認められるケースもあると考えます。ただし、我が国の領土や領海を護ることは、基本的には我が国の防衛であり、それは我が国防衛組織である自衛隊の主任務であることは論を待ちません。要するに一般の警察が国を護るということが、本当に国民感情と法律両面から「可」とされるものかどうかの論議はなされていません。更に、海上保安庁(海保)は別ですが、都道府県単位の編制と活動を原則とする警察が、それぞれの担当区域を超える事態も考えられるわが国の領域警備をその任務とすることの妥当性も考える必要があります。私は法律の専門家ではありませんが、常識的には相当の無理があると考えます。
 このようなことが考慮されたかどうかはわかりませんが、いわゆる発生事案の烈度が低いため、自衛権に基づく対処すなわち防衛出動が発令されない場合、あるいは事案の内容が不明確で最悪の事態を考慮するとしても、段階的な対処を選択した初動の対応として海保や警察という警察力を投入すること等を想定して「領域警備法」のアイデアが生まれたものと考えます。
 この際、少し詳しくなりますが、補足資料(安保法制参考資料)としてまとめて、私の考えを4つのポイントに整理して述べました。
 興味ある方は是非それを読んでいただければと思います。

― 海外出張、執筆等超過密なスケジュールの中、10回にわたり集団的自衛権の本質的論点について分かり易く懇切に解説いただき有難うございました。
 特に論点⑩については、国会でも十分論議されておらず、メディアや一般国民にも一部誤解や理解不足のところがあり、補足資料は大作ですが一般の国民には大変参考になるものと思います。
 重ねてお礼を申し上げますとともに、今後とも国内外での益々のご活躍を祈念申し上げます。

(完。インタビュー期間:2015.8.24-27)