「特集・集団的自衛権」

安保法制参考資料
「領域警備法を制定する必要性について」

元自衛艦隊司令官  香田 洋二

 (編集局注) 本資料は、元自衛艦隊司令官香田洋二氏が、チャンネルNipponの企画:「今こそ問う!集団的自衛権」―10の本質的論点について香田洋二氏に聞く-:のインタビューに際して、論点⑩「一部政党が提案している領域警備法を制定する必要性はあるのか?」に関する補足資料としてまとめたものである。過去に生起した尖閣諸島海域での中国魚船による巡視船衝突や、小笠原周辺EEZ内海域での中国漁船違法採取等現実的な事案も含め、この法制の意義や政府の対応等について現場部隊指揮官の経験に基づき、4つのポイントに整理して分かりやすく解説している。なお、本稿で対象としている野党(民主・維新)が提出した「領域等の警備に関する法律案」は、インタビュー時点の関係から27年7月8日、衆議院に提出されたものを対象としている。


香 田 洋 二 氏 略 歴

2006年、佐世保地方総監当時
(ウィキペディアから)

1949年 徳島県出身
1972年 防衛大学校卒(16期)、海上自衛隊入隊
1990年 護衛艦さわゆき艦長
1992年 米海軍大学指揮課程修了
1996年 防衛庁海上幕僚監部防衛課長
1999年 第3護衛隊群司令
2001年 防衛庁海上幕僚監部防衛部長
2003年 護衛艦隊司令官
2004年 防衛庁統合幕僚会議事務局長
2005年 佐世保地方総監
2007年 自衛艦隊司令官
2008年 退官
2009年 ハーバード大学アジアセンター上席研究員
    (Senior Fellow)に招聘
現 在 ジャパン マリンユナイテッド(株)顧問
    国家安全保障局顧問



ポイント-1 :事態の様相と相手の属性を見極めるための措置が欠落


 民主・維新両党提出の「領域等の警備に関する法律案」(以下「領域警備法案」)の細部については、次のポイント-2において詳しく述べます。
 その前に考えておかなければならないことがあります。それは、我が国の主権が侵される事態に対処するための領域警備法を考えるときの「カギ」となる事項として、まず「事態の様相と相手の見極め」ということへの正確な理解です。
 領域警備の中心は国家主権の柱である領土領海を護ることですので、それに特化した法律、すなわち「領域警備法案」を制定して領土領海を護るという考え方には一理あります。逆に、我が国の領土や領海を侵す相手が我が国の法律が適用可能な民間人・民間組織の場合には、「領域警備法案」のような特化した法律による対処も可能ですが、「それぞれのケースに応じた具体的な違法行為に対する法律を適用するという、今までの方法でも十分に対処可能」という反論もあります。
 例えば、侵入者が明らかに外国籍民間人と識別できたうえで、その活動内容等から当該民間人が個人の意思で我が国の領土領海を侵したと判断される場合は、「領域警備法案」のような大上段に構えた対処よりも、一外国人あるいは外国人の集団による犯罪、違法行為として対処することが国際的な常識でしょう。
 ただし、論点⑦で述べましたが、多くの主権侵害が関わる領土領海への侵入事案の場合、事態が発生したことは察知できるものの相手の属性、すなわち「彼が何者であるのか」ということの特定が非常に困難であることがほとんどです。もちろん、本質的な主権侵害が伴わない事案、例えば非常に残念なことですが、数年に一回程度北方領土海域や同周辺海域で生起するロシア国境警備隊/沿岸警備隊による我が国の漁船に対する発砲事案などは、ロシア側からすれば明らかに相手が特定できる稀な例です。この例は、軍事作戦等の我が国の国家意図を受けた活動である可能性がほとんどない、民間漁船の操業海面が、ロシアの立場からの領海内と判断してその操業行為を領海侵入すなわち主権侵害と位置付けて、拿捕、最悪の場合には銃撃に繋がり人的被害を伴う事態を引き起こしたものです。
 このような場合に、わが国として「領域警備法案」などの領土領域の防護に特化した法律により対処するのか、あるいは、取り締まりの対象とする違法行為に対応した個別法(漁業法、出入国法等)により取り締まるのかは論議の分かれるところです。一般に大陸国は伝統的に領土・主権意識が強く、「領域警備法案」に類する特化した法律による強硬な措置を取ることが多いといわれています。逆に、日・米・英等の海洋国・民主主義国で人権を尊重する国では、事態の内容に応じた個別法による対処が多く、このような事案において武器を使用することは稀です。もちろん、後者の国でも真に必要な場合には「領域警備法案」(立法措置が行われている場合)等を適用した、強い対処をすることがあることも当然です。
 問題は、このように明確に相手を特定できる状況よりも、論点⑦で述べたような、我が国の主権侵害に関わる事案が生起した場合に事案の発生は感知できるものの、相手の属性が我にはわからない場合がほとんどであるということです。にもかかわらず、相手の属性が判定できない事態において、我が国の事情(憲法9条による自衛隊運用の諸制約)と希望的観測(国内的に論議を呼ぶ公算の高い自衛隊ではなく、国民に定着している警察力による対処を優先したいという思惑)と警察力等への過信(戦後の国内事案については、その烈度に関わらず警察力が完ぺきに対処してきたという自負と自信)を強く反映した対処方針を策定し、警察力による一方的な対処をすることは極めて危険かつ無謀であり、一国の政府が採るべき措置としては無責任といえます。
 「領域警備法案」を考える場合、上で述べた前提にも配慮をして、「領域警備法を発動するための事態の認定の前提となる相手の属性の確認方法と手段」という案件も並行して検討したうえの、総合的な措置が必要になると考えます。仮に「領域警備法案」が制定されたとしても、その適用の前提となる「事態の様相と相手の見極め」という問題が曖昧にされたままでは、対処に実効が伴わないことは当然です。
 残念ながら、現在の我が国ではこれを具現する法律や規則はなく、現在、自衛隊が実施している監視活動も、防衛省設置法4条18項の規定である「(国防という自衛隊の)任務遂行に必要な調査及び研究を行うこと」によりかろうじて実施しているのです。仮にですが、「複数の不明分子が無人島に上陸して不審な活動が認められる」という現場からの第一報への最初のアクションとして、まず情報収集を実施します。このための偵察、これは明らかに以後の対処方針の決定に必須かつ、警察・海保あるいは自衛隊等の対処部隊の任務遂行の前提となる「軍事活動(我が国防衛活動)」ですが、現状では、防衛出動以前における我が国防衛活動として実任務の偵察を実施する法的枠組さえ定かではありません。このような事態においても、恐らく、これも「調査研究」、すなわち、自衛隊の部隊が自発的に実施する活動という位置づけになる公算が極めて高いと考えます。この場合、相手の属性さえ不明のため、偵察任務に従事する航空機等は相手の妨害・反撃にあう公算が高いことは当然ですので、そのための準備も必要となると考えられます。妨害・反撃に遭遇した場合には、たとえ「調査研究」活動であるとしても、正当防衛や緊急避難による対処は可能と考えられます。しかし、そもそも「どのような相手が何をするのかさえ分からない事態」に対し、単なる調査研究で行動していますので、正当防衛と緊急避難のための武器の携行方針さえ定まっていないのが現状と考えます。
 海上警備行動や治安出動(以下「海警行動等」)の場合には警察力に準じた武器の使用はできますが、問題は事態様相が不明確な状況下において海警行動等の対処方針を決定するために必要な情報を収集する偵察活動ですので、当然海警行動等はまだ発令されていません。現状のままであれば、この段階での偵察活動は全くの丸腰で実施せざるを得ない、というような愚かなことが起こりかねないのです。
 また、相手の状況が不明な場合にその能力を本当に見極めるために、「小規模部隊を意図的に相手部隊の近傍に投入して相手の反応を見る」という威力偵察的な活動もあります。しかし、これに至っては彼我交戦の確率も高いことから本格的な軍事作戦とみなされ、防衛出動下令以前のわが国特有の武器の使用や武力行使の制限・制約から、威力偵察をこのような事態で実施することは、国際的には常識的なオプションの一つではあっても我が国では全く考えられないのが現状です。

 これに関連してもう一件あります。有事法制に反対するマスコミや野党は、海外派遣の自衛隊員のリスクを声高に叫び、国民の不安をあおっています。これは「自衛官を尊敬しない」、あるいは「尊敬さえしてこなかった」自らの本心に蓋をして自衛官に同情したふりをする、単に反対のための反対の手段でしょう。反対する人たちは、彼らが反対の論拠としている海外派遣とは全く異なる、我々に身近な我が国の主権に直結する自衛隊の監視活動において想定される自衛官の危険には全く触れていません。意図的なものか彼らの考えが浅はかなものかはわかりませんが、お粗末な反対論といえます。

 また、自衛官以外にも深刻な危険は及びます。ここまで述べてきたように、領土や領海への侵入という主権侵害事態に際し、その様相と相手の属性が明確に判断できない現状で、防衛出動の敷居は未だ高く、また我が国社会に伏流水のごとく脈々と続く「自衛隊の投入に対する心理的な抵抗感」から、「警察や海保(以下「海保等」)の部隊による対処」という、見切り発車的な対処方針の決定がなされる公算は今後も極めて高いと考えます。現に、海保等の関係者は、「現状は自らの組織で、想定される事態に対して十分対処可能」ということを表明しています。このことも、将来の事案に対してさえも、防衛出動の敷居の高さからの自衛隊による対処を後回しにし、「まずは海保等の部隊による対処」という、今まで我が国が採り続けてきた方針を踏襲する一つの論拠となると思われます。今後とも、現場で事態対処に任ずる海上保安官等に対する現実の問題としての危険とは無関係に、今までの意思決定の惰性として、あるいは典型的な官僚主義の「建前論」の結果として、我が国政府が従来の方針を引き続き採用する公算が極めて高いことを危惧します。
 現実はどうでしょうか。繰り返し述べてきましたが、相手が何者かわからないのです。このような中、海保等部隊をやみくもに投入した場合、仮に相手が特殊部隊等のプロの軍事集団であるとすれば、対処に投入された海保等部隊はひとたまりもなく撃破され、最悪の場合全滅という事態も予測されます。だからこそ、諸外国では対処の前提となる軍事活動としての偵察の重視と、相手が軍事能力を持っているという最悪のシナリオを想定した軍の部隊による対処を基本としているのです。しかしそのような体制であっても、偵察による情報収集結果に基づいて事態の本質を見極めたうえで、烈度が低く相手が民間人の場合には警察力、それ以外、あるいは事態様相を最終的に判断できない場合には「最悪の事態を想定した対処原則」に基づき軍事力を投入、という流れが一般化しているのです。
 言い方を変えれば、自国政府の意図を受けた活動として相手国(我が国)の領土領海へ侵入する場合、侵入側は我が国の警察や海保で制圧されるような部隊を送り込むことは考えられません。任務達成の前に警察力にやられてしまっては、任務達成はおろか何にもならないからです。自国民が我が国の法執行機関(警察機関)により制圧されるということは、自国の不当性と我が国の正当性を国際社会に声高く自ら宣言することになり、国家方針の常識的な選択という面からもあり得ないことは明らかです。このため、侵入国は、我が国の対処を十分に想定した準備(要員の構成・編制、装備、訓練、後方支援等)を行ったうえで、我が領土領海に侵入するのが常でしょう。
 今次安保法制に反対する人々は、反対のための海外派遣に任ずる自衛官のリスクは声高に叫んでも、自衛隊の投入が難しい現行法制・政府解釈下で最初に投入される公算が高く、繰り返しになりますが、その場合に大被害を受ける恐れも高い、警察官、海上保安官のリスクについては全く触れないことも非常に不可思議なことです。このことは自衛隊のみに直接関係する防衛法制反対の「ダシ」として自衛官のリスクを持ち出していることの証左と言えるでしょう。
 勿論「領域警備法案」が必要なケースは存在しますので、その観点から本法の意義は認めますが、「領域警備法案」だけでは、現在国会審議中の安保法案の代案とはなりません。問題は主権侵害案件対処のための法律の種類ではなく、事態対処の際の我の損害公算を極小にしつつ我が国の主権を確実に護るための国家意思と対処方針決定の前提となる、事態の様相と相手の属性を見極めるための実効ある措置(偵察・監視活動)を法律に基づき確実に実施する体制を構築することが、何事にもまして重要と考えます。
 言いたいことは、偵察や監視の根拠法規を防衛省設置法に求めるのではなく、自衛隊の任務を規定する自衛隊法あるいは、領域警備法を立法化する場合には同法で正式化・制度化することが優先されるべきということです。
 私自身は自衛隊法の改正が最適と考えますが、どうしても「領域警備法案」というのであればこの措置を講じたうえで、現在審議中の安保防衛法制11法案の対案(代替)ではなく、安保防衛法制に追加する12番目の法律とする、といった位置づけで取り扱うべきと考えます。
 
 
 

ポイント-2 :領域警備法案(民主党・維新の党提出2015.7.8)の概要と問題点


 民主、維新両党は7月8日午前、「領域等の警備に関する法律案」(「領域警備法案」)を衆院に提出しました。
 両党の説明によりますと、同法案は、武力攻撃に至らない侵害(いわゆるグレーゾーン事態)が発生した際の海上保安庁などの警察機関、自衛隊その他の関係行政機関の連携を強化するとともに、事態の緊迫を回避し、国際法を遵守することを定めるものとしています。また、政府は運用改善だけでグレーゾーン事態に対処するとしていますが、それでは不十分であることから、法整備を行うことで、警察機関及び自衛隊が事態に応じて適切な役割分担の下で迅速に行動できるようにするもので、国民が求めているより迅速でシームレスな対応が可能になるとしています。
その基本は、
 (1)領海・離島の警備は警察機関による対処が原則
 (2)領空の警備は自衛隊による対処が原則
 (3)警察機関、自衛隊その他の関係行政機関の連携の強化
 (4)事態の緊迫を回避し、国際法を順守する
  等としています。(以上、民主党HP)

 ここで、正確に認識しなければならないことは、領海や離島の警備という、我が国の領土領域の防衛活動が、そもそも法執行機関たる海保等の任務たりえるかということです。また、インタビューでも述べましたが、都道府県単位で編成された警察の任務と我が国の領域警備活動との関係も整理されていないと思われます。
 ポイント-1でも述べましたが、相手が明らかに民間外国人と判定できる場合は、相手が引き起こした違法行為の取り締まり、すなわち民間外国人によるわが国内での違法行為や犯罪への対処活動となりますので、両野党が狙いとする領土領海を護る警備活動ではないことは明白です。
 次に、グレーゾーン事態は明らかに上の事案とは異なり、対処が複雑になることから、これに的確に対応するための「領域警備法案」の必要性を両野党が主張することは十分に理解できます。では、民間人と確定できない、あるいは相手の属性が判定できない事態への対処を、両野党提案の「領域警備法案」との関連、具体的には両野党が示した基本事項の切り口から考えてみましょう。
―基本事項(1):領海・離島の警備は警察機関による対処が原則
 まず、(1)でいう「領海・離島の警備は警察機関による対処が原則」ということですが、発生事案の主体である相手の属性がわからないという前提に立つ場合、盲目的に警察機関による対処を原則とすることはあまりにも短絡的であり、乱暴な考え方であることは先に述べた通りです。ポイント-1で述べたように、相手が特定できないということは、最悪の場合対処に当たる海保等隊員の全滅ということさえ起こり得るのです。この点を両野党の方々はどのように考えているのか疑問が残ります。(1)は、常識的には政府の政策や対処方針としてはリスクが大きすぎ無責任のそしりは逃れられないでしょう。関係者の方は考えたくもないのでしょうが、国土防衛の法定任務さえ与えられていな海保等隊員を身の危険にさらし、最悪の場合同部隊が全滅するリスクを含む対処方針を基本事項の第1とすることには大きな疑問があり、個人としては決して賛成できません。

―基本事項(2):領空の警備は自衛隊による対処が原則
 (2)において「領空の警備は自衛隊による対処が原則」としています。これは自衛隊法84条に基づく航空自衛隊(空自)の領空侵犯対処任務をそのまま踏襲したものと考えられます。具体的には、自衛隊法84条の「領空侵犯に対する措置」として「防衛大臣は、外国の航空機が国際法規又は航空法(昭和27年法律第231号)その他の法令の規定に違反してわが国の領域の上空に侵入したときは、自衛隊の部隊に対し、これを着陸させ、又はわが国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせることができる」と規定されていることを根拠としていると考えます。ただし対領空侵犯措置は防衛出動が下令されるまでは警察活動であると解釈されています。
 これを踏まえた現場での具体的措置(対応手順)は次のようになります。
① レーダサイト等が防空識別圏(ADIZ)に接近している識別不明機を探知した場合、事前に提出されている飛行計画と
  照合する。
② 飛行計画に該当しない場合、レーダサイトが当該機に航空無線の国際緊急周波数121.5MHzおよび243MHzで日本国航空
  自衛隊であることを名乗り、英語または当該国の(あるいは「当該国と思われる」)言語で領空接近の通告を実施する。
③ 更に我が国・領空に近接する場合、戦闘機をスクランブル発進させて目視で識別する。
④ 戦闘機から当該機に対し次の無線通告をする。
  無線通告の例:「貴機は日本領空に接近しつつある。速やかに針路を変更せよ」
⑤ 領空侵犯の無線警告にも拘わらず当該機が我が国領空に侵入した場合、同機(領侵機)に向けて自機の翼を振る「我に
  続け」の警告運動を実施する。
  無線通告の例:「警告。貴機は日本領空を侵犯している。速やかに領空から退去せよ」
         「警告。貴機は日本領空を侵犯している。我の指示に従え」
⑥ 警告射撃(注:Signaling Blow)を実施する。

 注: 領侵機の搭乗員からの視認を目的として、昼間でも機銃弾の弾道を視認しやすい「曳光弾」を相手機の針路前方方向に
   発射するもので、日本語訳は警告射撃となっていますが、原語である英語の「Signaling Blow」が意味する通り、当該機が
   領空に侵入した場合にこちらの意思を知らせるための信号射撃すなわち警告行為でありであり、武器の使用とは全く異なる
   概念である点に注意が必要です。

 自衛隊法第84条には領空侵入後の措置として「着陸させる」もしくは「領空外へ退去させる」の二つしか規定されておらず、軍用機による侵犯行為であっても、同行為を実施する領侵機への攻撃あるいは侵犯行為を阻止するための武器の使用について規定はありません。勿論、対処措置中に自(僚)機に対する攻撃を受けた場合の正当防衛としての反撃が可能であることは言うまでもありません。ただし領侵機がスクランブル機以外の航空機や海上の船舶あるいは地上の部隊、施設等に攻撃を加えた場合、現場でスクランブルに従事しているパイロットの判断でこれを攻撃し、撃墜することは難しいと解釈されています。
 問題はここにあります。対領空侵犯措置におけるADIZにおける探知から領空侵入までの一連の措置は警察行為による対処であり、「領域警備法案」が制定されたとしても現状どおりと考えられます。
 過去の例からも、1976年9月のMig-25による函館空港強行着陸事案を除けば、多くの場合、当該機はADIZ飛行中に引き返すか進路変更を行うことが常で、ごく少数の航空機が我が国の領空を「かすめる」程度の領空侵犯事案しか生起していません。これらは国家意思を持った我が国へ本格的な領空侵犯ではなく、偵察活動や自衛隊の能力評価のための近接飛行であると考えられ、Migの例(操縦士が米国亡命のため我が国への着陸を意図した確信行動)を除き、我が領空奥深く侵入を許すといった深刻な領空侵犯事案は、空自の対領空侵犯措置、すなわち警察活動により防止されてきたと言えます。
 これは、警察活動であり、今次論議されている我が国の領空を護る「領域警備」には該当しません。「警備」が真に求められる事態は、領侵機が後者のケースにおいて我が国を攻撃する、あるいはその公算が極めて高い場合です。この場合の自衛権の発動、すなわち防衛出動の下令や武器の使用をどのように実効あるものとするのか、という問題が手つかずで残されていると考えます。
 最も危険なことは「領域警備法案」が仮に制定されたとしても、後者のケース、すなわち領空侵入後も警告を無視して侵入を続け、最終的に領侵機が我が国を攻撃する場合、自衛権を発動した武力の行使、すなわち我が国の防衛活動としての空自の対処が必要であるにもかかわらず、両野党提案の「領域警備法案」でも、この点は現状のままと考えられます。
 自衛隊法の規定は、相手による我が国に対する武力行使が認定されて防衛出動が下令されるまでの間は、スクランブルにあたる空自戦闘機は相手の先制攻撃に対しても自衛権による対処が許されず、正当防衛等のみによる限定的な対処しか認められないということです。この現実に直面した場合、法治国家日本としてこのような大きな矛盾を抱えた法律、すなわち法律の不備に起因する現場での「対処の深刻な間隙」の存在を漫然と許す現状の是正こそ、優先して取り組むことは当然です。
 以上から、厳しい言い方ですが、ここで述べたような各種の手当を欠いた「領空の警備は自衛隊による対処」とした基本方針は「画餅」そのものであると考えます。

―基本事項(3):警察機関、自衛隊その他の関係行政機関の連携の強化
 基本事項(3)として「警察機関、自衛隊その他の他の関係行政機関の連携の強化」をあげています。また、それと関連した「領域警備区域」という概念を新たに導入したことは、一見合理的に映るものの、より大きな国益の観点から疑問があります。我が国が関連する現下の海洋問題は、今正に国際的に注目されている「公海の問題」であり、公海での自由な活動を基本とする海洋力の普遍的な大原則です。すなわち海洋国である我が国の国家理念として、また国益の立場からも、海洋、すなわち全世界に続く公海という概念に対し、いかなる地理的定義や制限もつけるべきではありません。
 仮に、無制限な自衛隊の海外展開を抑制し、自国の領土のみの防衛に専念させようということを狙いとするのであれば、まず地理的制約を課さない大原則を政府の基本政策とし、発生事態対処時ごとに最適の活動区域を政府の政策として決定して実行するのが、海洋国家そして海洋力の本質なのです。日米同盟が海洋を基本とした同盟であり、航海の自由利用を人類普遍の価値観とする、多くの国と歩調を合わせることも広義の安全保障上の重要な要素とする観点からは、「領域警備区域」の設定は一見説得力があるように見えるものの、本質的には的を外した考えと言えます。
 また、我が国の判断・事情に基づいた一方的な地理的制約の設定は、相手国からすれば、その地理的に定義された場所を外した海域や島嶼における事態は、我の対処の対象外となることから「起こし放題」という新たな問題が浮上することを忘れてはなりません。
 次に、(3)に関連して、警察力の対処能力を超えるグレーゾーン事案に際しては海警行動等(海上警備行動や治安出動)を迅速に発動して対処するとしていますが、これでは従来から指摘されている「自衛隊が出動しても、警察力による対処以上のことはできない」という現実の事態対処能力の限界という根本問題は解決しません。
 また、真の問題はそれ以前にあります。対処方針を決定する際の基本となる「事案の烈度の判定」において必要となる、相手の属性に関する情報が得られないということが事態の実情であることから、どのような判断基準により「警察力の対処能力を超えるものの防衛出動に至らない事案」と認定するのかという問題は「領域警備法案」が制定されたとしても未解決のまま残ります。
 民主党の「同法律案の概要」では、簡単に「警戒監視の措置」として触れられてはいますが、ポイント-1で指摘した問題には何ら触れられていません。この問題が解決されない限り、生起事案を「警察力により対処」あるいは「自衛隊を投入した対処」のいずれかとするのかという国家としての正確な意思決定ができないということです。
 これも繰り返しになりますが、この点を軽んじたまま希望的観測や自己事情のみにより、今日までの判断手続の流れに乗って海保等の警察力を投入した場合、最悪のケースでは投入部隊全滅、全員殉職という恐れさえあるのです。
 防衛出動なき自衛隊の投入は、上で述べた制約に加え、相手からすればこちらの対処の根拠(防衛出動あるいは海上警備行動・治安出動)が不明な分、軍事組織である自衛隊に対しては、防衛出動を前提とした「より強い対処」に出ることが考えられます。実情は警察力以上のことができない自衛隊の軽々なる投入は、警察力による対処以上に危険な側面もあるということを理解しなければなりません。
 ここで必要なことは、両野党が提案する「領域警備法案」でいう「海警行動等下令の迅速化」による対処ではなく、相手の属性がわからないことから事態の烈度の判定が困難な事態に対しては、まず防衛出動の早期発令と自衛権を発動した自衛隊による対処を基本とした体制を確立したうえで、現実には自衛隊による偵察活動を積み重ねて十分な相手情報を収集蓄積して事態の烈度と様相を見極め、事案が警察で対処可能な場合には警察、それ以外は自衛隊による対処ということこそが国家としてグレーゾーン対処の基本と考えます。

―基本事項(4):事態の緊迫を回避し、国際法を順守する
 基本事項の(4)は「事態の緊迫を回避し、国際法を順守する」としています。これ自体は妥当なものですが、相手は「事態の緊迫を回避しよう」とは必ずしも思っていない場合があるということです。我が国政府としては、そのような相手の思惑まで想定した我の事態対処オプションを複数準備することが求められることは言うまでもありません。
 我が国では安全保障上の事案に対して「事態の緊迫を回避することが最善」という、信念に近い考え方が定着しています。そもそも、いかなる軍隊にとっても、緊張状態の先鋭化あるいは大規模交戦に至る前に任務を達成すること(要するに「戦わずして勝つ」こと)が最適であることは明白です。しかし、仮に自らの思惑通りに事態が進展しない場合は、事態の緊迫化の回避よりも任務の達成を優先するのが軍事組織です。この軍事組織の柱ともいえる任務達成への強い義務感と責任感を十分に考慮に入れた基本方針を策定することが重要と考えます。
 基本方針(4)は、外国相手の「領域警備」事態対処において、日本人にだけ通じる精神規定を述べた「自己満足」ともいえる方針であり、これだけで発生事案の事態進展を我が国に有利にコントロールする実効はほとんどないと思われます。
 本方針は、一国政府の普遍的な方針の一つとしては意義がありますが、この方針を基づき事態を実際にコントロールするためには、自衛隊の対処能力、具体的には「常に使うものではないものの、真に必要なときに機能する自衛隊の能力と態勢」が必須であり、これを後ろ盾として、事態の緊迫化回避のための諸施策(非軍事)を、信念をもって策定、実行することが責任ある政府としての現実的政策と考えます。

ポイント-3 :領域警備法案と海上保安庁法との関係

-海保法第2条-
 次に本論点⑩のインタビュー冒頭で述べた様に、海保の法定任務と「領域警備法案」の関係があります。海保の任務を定めた「海上保安庁法」第2条には、「海難救助、海洋汚染等の防止、海上における船舶の航行の秩序の維持、海上における犯罪の予防及び鎮圧、海上における犯人の捜査及び逮捕、海上における船舶交通に関する規制(注)」などとあるだけです。

注: 海保法第2条第1項(全文)
 海上保安庁は、法令の海上における励行、海難救助、海洋汚染等の防止、海上における船舶の航行の秩序の維持、海上における犯罪の予防及び鎮圧、海上における犯人の捜査及び逮捕、海上における船舶交通に関する規制、水路、航路標識に関する事務その他海上の安全の確保に関する事務並びにこれらに附帯する事項に関する事務を行うことにより、海上の安全及び治安の確保を図ることを任務とする。
 海上の治安を守り、航行の秩序を維持するのが海保の任務であって、そこに領域の警備は含まれておらず、同法律2条を変更しないまま、「領域警備法案」において「領海・離島などの領域警備を警察機関による対処が原則」と定めることは、両法律間に不整合を生じさせます。
 仮に「領域警備法案」に基づき、グレーゾーン事案の対処に海保が当たる場合、対処に当たる現場部隊は海保法の任務ではない「領域警備」に従事することとなり、「海保という国家の法執行機関が外国相手に国内法の違法・脱法行為を国家の命令により実施する」という、想像を絶する事態を引き起こすことになりかねません。
 現在でも多くの国民は尖閣諸島の「警備」を法定任務として海保が実施していると錯覚していますが、これは海上交通の秩序や海上安全のために同諸島海域を巡邏する海保巡視船艇の活動が、結果的に中国海警等の公船の常続的な領海侵犯を防止し我が国の領土領海を護っているというのが実情です。
 勿論、法律とは異なる任務にせよ間接的に我が国の領土領海が護られることは、それはそれで非常に重要なことです。現行の法体系でグレーゾーンにおける法律に基づいた「領域警備」ができない情勢下、実効措置としての「領域警備」を海保が行っていることは、国民が正確に認識し、現場でその任に当たっている海上保安官に対する尊敬と支援を忘れてはならないことは言うまでもありません。
 ただし、法治国家としての「現場での実行措置という現実」と「著しく不備な法体系」の間のギャップを既成事実として、現状をダラダラと容認してはならないことは、これまた当然です。海保が法的裏付けを持った任務としての領域警備を実施している、という誤った先入観や誤解にもとづき、対処方針を立て、あるいは将来の法体制整備を考えることがあってはなりません。
 余談ですが、この件は多くの全国紙や月刊誌における筆者の度重なる問題提起や指摘にもかかわらず、国会やマスコミで取り上げられたことはありません。
 閑話休題。この理屈に立つと、『だからこそ「領域警備法案」を整備し、領域警備を海保の任務とすべきである』との論が出ると思います。そうであれば「領域警備法案」と並行して「海保法2条」の改正も提案されてしかるべきです。
-海保法第25条-
 次の問題として、海保の軍隊としての機能を否定した海保法25条(注)があります。

注:海保法第25条
 この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない。

 本条項は、昭和23年の海保創立時、当時まだ占領下の日本に海上法執行機関としての海保を設立するに当たり、当時の占領国(連合国)及びアジア諸国の一部に残っていた、「海保という法執行機関設立の裏で、強力な戦前の海軍に匹敵する海上軍事組織を作ろうとする意図がある」という、我が国に対する根強い疑問と不信感を払しょくするためにあえて設けられたものであり、その狙いは明確であります。
 同時に、本条項により海保巡視船艇が軍艦としての機能を有さないことから、現在注目されているグレーゾーン事案の際の外国軍艦や公船に対する海保船艇による対処の限界も認識されるようになっています。
 次に、両党が「領域警備法案」を提案した狙いの一つに、警察力による対処の限界を超えるものの防衛出動発令に至らない烈度の事案、いわゆるグレーゾーンへの対処を確実にすることがあるとしています。これは多分に、現在の尖閣諸島をめぐる海保と中国海警との「睨み合い」をイメージしたものと思われます。現在の尖閣諸島海域のケースは相手が明らかに我が国の法律が適用できない外国公船(「中国海警」船艇)であることに特徴があります。具体的には、我が国領海に侵入した「中国海警」船艇(公船)への対処は、外国軍艦や公船の地位に関する国際法を基準として海保法に基づき行うことから、我が国、海保としては「警告することしかできず、相手が従わない場合はなすすべがなく傍観するだけ」という現状です。
 これの状況を改善するためには、自衛隊による対処を迅速に実施するため、行使権限が不十分であることを承知の上での海警行動等の迅速な発令、あるいは防衛出動発令要件の見直しによる自衛権を発動した自衛隊による対処を早期に可能とすることがあります。前者は政府、両野党とも改善事項に挙げていますが、後者は、ここまで述べてきたように各種の制約が存在するため、問題の原点に立ち帰った法律の改正を伴う改善措置が困難というのが実情です。
 もう一つの課題が海保法25条の廃止です。今日では『海保創設を、日本海軍の秘密裏の再興を隠ぺいするための「偽りの看板」とはしない』という当初の目的は十分に達成したことは明白であることから、将来にわたり本条項を積極的に維持する理由はないと考えます。
 また、主要諸国の現状からは次が言えます。すなわち、海上法執行機関を保有する先進国の一部は同機関所属船艇の法的地位(Status:以下「ステータス」)を任務に応じて使い分ける措置を取っているのです。
 最もわかりやすい例が米国沿岸警備隊の巡視船(カッター)です。麻薬密輸取り締まり等の法執行に任じている時のカッターのステータスは「Law Enforcement」、すなわち国家安全保障省隷下の沿岸警備隊のカッターという立場で任務を遂行します。その同じカッターが、例えば、ペルシャ湾における公船を含むイラン船舶への対処の際のステータス「Military」、すなわち米国第5軍である沿岸警備隊の合衆国軍艦としてのカッターとして任務を遂行することがあります。
 海保巡視船艇の場合25条によりステータス「Military」の位置づけを否定していますので、尖閣周辺海域における睨み合いの間隙を縫って我が国領海へ侵入する中国海警船艇に対しては、「警告」による侵入中止・退去要請しかできないのです。要するに、我が国法律の違法行為あるいは我が国領海への侵入行為を行う外国公船に対しては、その国籍がいかなるものであろうとも上で紹介した様な極めて限定的な対処しかできないのが現状です。
 仮に、海保法の改正により25条を廃止し、新たに自衛艦と同じく国際法上は軍艦とみなされるステータス「Military」という地位の付与とそれに基づく行動を可能とした場合、法執行機関船艇の標準塗装として世界的に定着した「白色」の海保巡視船艇が、必要な場合には国際法上の軍艦としての任務に従事することが可能となります。
 これは、今日の海上における国際問題の第一義的解決を「灰色(グレー)」の軍艦(自衛艦)ではなく、可能な限り「白色(ホワイト)」の巡視船艇等同士により試みる、という国際的に定着しつつある問題解決法の潮流にも乗るものです。勿論、この場合でも、このような措置を支えるために、同法 2条に自国防衛すなわち「領域警備」任務を加える他、自衛権の行使に関わる政府の諸解釈等、関連規則・解釈のより現実的な方向への改正等が必要なことは言うまでもありません。

ポイント-4 :法律を断固として実行し犠牲にたじろがない政府と国民の強い意志

 このように、領域警備に関しては、単に「領域警備法案」を制定するだけで問題解決に繋がるものではなく、ここまで述べてきた多くの措置を総合的に採ることにより初めて、独立国の主権の骨幹である領域を護るための実効ある措置を採ることができるようになるということです。
 また、両野党提案の「領域警備法案」は、問題があるものの我が国が関わるグレーゾーン事態の対処のみに焦点を当てた場合、政府提案の安保法案への理論上の対案としてはありえます。しかし、中国や北朝鮮を視野に入れるとともに、対象国に対する抑止力の柱日米同盟体制の強化と、地域の安定並びに世界規模の問題への我が国の取り組みに関しては、「領域警備法案」はほとんどカバーしておらず、この観点から同法は極めて偏った対案であるといえます。
 恐らく「領域警備区域」を定めることにより、我が国及び自衛隊の海外での役割と活動を限定あるいは否定しようとした側面もうかがわれますが、現下の国際情勢と我が国の能力及び国際社会の期待、更には「国際社会における名誉ある地位」の追及を求めた憲法前文(注)の精神も考慮した場合、我が国だけに焦点を絞った「領域警備法案」はもう問題外でしょう。

注:憲法前文の一部
  「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」

 特に重要なことは、論議を我が国の領土領海の警備に絞った場合、今次政府提案の安保法案、あるいは「領域警備法案」のいずれにしても、法律制定後独立国として自らの義務と責任を確実に果たすことであると考えます。要するに独立国として法律で決定したことを国際社会において確実に実行するという姿勢と覚悟です。
 その悪い例が、昨年8月の中国漁船の我が国EEZにおける違法採取(密漁)問題への対応です。この事態に対し我が国政府は海保巡視船等を現場に派遣して、中国密漁船の監視と取り締まりを行いました。密漁漁船約200隻対巡視船艇等数隻という現実と、中国漁船が巡視船の目前での密漁を避けたこと、更にはサンゴの違法採取場所特定の困難等から、結果的には密漁船の数の割には極めて少数の摘発に留まりました。
 EEZとは国連海洋法条約(以下「海洋法条約」)に定められた、海洋の天然資源などの経済的権益に対する沿岸国の主権的権利、すなわち法律の適用を可能とする海域のことで、沿岸から最大200海里(約360km)まで設定することを基本として認められています。沿岸国の主権的権利が認められているためEEZ内の水産資源や海底資源は沿岸国に属し、他国の自由な開発や採取は禁止されているのです。これはEEZへの外国船舶の単純な立ち入りを禁止しているものではなく、沖合を無害平穏に航行すること(「無害通航権」)が認められることは言うまでもありません。
 ただし、EEZ内では沿岸国のいわば「経済的主権」が及ぶことから外国漁船の漁業活動や調査、観測船の資源探査や科学的調査等、経済に関係する活動は沿岸国の許可なく実施することは認められません。つまり、沿岸国の経済的主権にかかわる外国船の活動は沿岸国の国内法遵守が義務付けられ、違反時には罰せられることになるのです。
 海洋法条約を受け我が国でも「排他的経済水域及び大陸棚に関する法律」(以下「EEZ法」)を制定し、EEZにおける我が国の法律適用対象活動・行為も明確に規定しています。(内容省略)
 本法律を根拠として我が国政府はEEZ内の外国船舶活動に対する我が国の「経済的主権」を明らかにし、対し我が国の関連法律を適用することにより主権侵害及び違法行為を防止しているのです。
 ここで重要なことが、EEZの設定は沿岸国の権利ですが、また設定した場合、沿岸国は関連国内法を確実に適用する義務を負うことになるという点です。EEZの設定自体が、伝統的な海洋国際法の基本精神である「海洋利用」と「航海航行」という自由原則と近年の海洋経済活動の急速な増大によるより強くなった沿岸国の権利という、特性が相反する両者のギリギリの調和を図り海洋活動の秩序を維持するものであり、単に「言いっぱなし」すなわち「EEZを設定すれども何もせず」、あるいは海洋法条約の精神から大きく逸脱する「過大あるいは過小な法律適用」の双方が戒められています。
 その原点は、航行等の自由と領海外一定海域(EEZ)における沿岸国の権利という、相互に対立する要件を調和させることを目的として設定されたEEZを主張する以上は、沿岸国の責務としての公平・公正な法執行が伴わなければ、海洋法条約が意図した海洋秩序の維持そのものが危うくなるからにほかなりません。
 小笠原沖の密漁事案への我が国政府の対応は、薄氷の上を歩くに等しい日中関係に深く配慮した上で、尖閣諸島警備に極めて大きな資源投入を強いられている海保を中心に極めて窮屈な対処活動を展開せざるを得ませんでした。海保が尖閣警備等大きな困難を抱えていたことは十分に理解したとしても、我が国EEZにおける法律執行という観点からは、EEZ沿岸国としての管轄権の執行は極めて不十分であり、沿岸国としての国際的な義務を完遂したとはとても言い難いのが海洋専門家としての冷静な評価です。
 国際社会は沈黙していますが、我が国がEEZを尊重し同海域内における沿岸国の権利を主張しているにもかかわらず、当該権利の裏面である「国際社会の一員の義務としてのEEZの権利を守るための断固たる管轄権の執行を行わなかったこと」に対して大きな失望を持っています。
 また、このことは日米共通の価値観である「航海の自由」、「公海の自由利用」という海洋国の基本的権利でもある海洋の大原則を、中国等、日米とは正反対の立場をとる国々が増加しつつある国際社会において主張して行くうえで、「我が国がいざという時には、その権利を主張する具体的な行動をためらうのではないか」、「アメリカの梯子を外すのではないか」という疑念を同盟国アメリカに起こさせる種をまいた不徹底な行動であったとも言えます。海洋法条約で定める沿岸国の義務としての法律執行は、いかなる理由・事情があるにせよ厳格に実施しなければならなかったのです。
 EEZの場合はそれでよしとしても、問題が我が国の領域警備となると本質はより重要になり、実施する活動内容は厳しくなります。我が国の主権を護るための政府機関、海保等あるいは自衛隊の行動は、いずれの任務とするにしても法律通り厳格に実施しなければならないことは当然です。
 同時に厳格な法律執行は政府としての領域警備の覚悟が問われることでもあります。特に、この活動において実事態派生の蓋然性は否定できないことから、政府は何らかの形での実力行使、具体的には武器の使用も予測しておく必要があり、それに伴う関係者の犠牲に対する覚悟も求められます。
 法律制定は民意を具現する民主主義の手続きとして極めて重要ですが、本当の問題はその施行と実行にあります。小笠原の案件はEEZの事案ということで、小笠原諸島住民や漁民の心理的な不安と一部の実害を除けば、国家としての物理的影響や実害はほとんどありませんでした。
 逆に、領域警備は同案件とは正反対の、多くの国家的リスクが伴ううえ、事態の推移によっては犠牲も予測される案件であることは明白です。政府提案の安保法案あるいは「領域警備法案」のいずれも、法律として制定された場合には、それらの法律を断固として実行するという政治と国民の強い意志と、それを実行する際におそらく避けられないであろう被害・犠牲についても、仮に生起した場合でも国家・国民として「決してたじろがない」という覚悟を持つことが、本件の核心であります。 (了)