地方自治体の危機管理能力向上について
   (リーダーの状況判断私論)

平成30年3月11日
山下 輝男

1 始めに
 東日本大震災(3月11日発災)7年が巡ってきた。阪神淡路大震災以降、我が国の危機管理は格段に改善されてきた。喫緊の課題であった災害対処の司令塔たる地方自治体の危機管理能力向上の各種施策も講じられてきた。然しながら、行政機関の特性もあり、長足の能力向上には限界があるようだ。また、選挙で選ばれた首長が必ずしも危機管理に長けているとは云い難い面もある。
 本稿では、総務省消防庁による地方自治体の危機管理能力向上策、それに関連する小生の論考、現状認識と小生の経験に基づく危機管理能力向上の方策について述べたい。

2 総務省における地方公共団体の危機管理体制の整備に関する検討状況
(1)検討会の立ち上げ
 近年における自然災害・異常気象の頻発・大規模化・顕在化や、社会インフラの関係の事故、感染症等の新たな疾病、テロリズム等の新たな脅威の高まりにつれ、地方公共団体においては、発生する多様な事態について、危機管理の更なる充実が喫緊の課題となってきた。
 承知のように、今までは、自然災害への対応を主体とした災害対策本部による危機管理が主体であったが、国民保護法の施行に伴い危機管理体制も一新された。一方、自然災害と国民保護事態との危機管理体制の乖離も見られるようになった。
 このため、自然災害や国民保護事態等を網羅した総合的な危機管理体制の検討を行う必要があるとして、平成18年9月、総務省消防庁は、地方公共団体における総合的な危機管理体制の充実・強化を図るため、「地方公共団体における総合的な危機管理体制の整備に関する検討会」を設立した。


(2)検討状況等
ア 中間報告
 検討会の立ち上げ以来、平成19 年度までに11 回の会議を開催し、地方公共団体における危機への対応の実態や総合的な危機管理体制の充実・強化に関する先行的な取組内容等について調査と検討を行った。それら調査・検討の結果、平成18 年度には中間報告書を発表して議論・検討の方向性について基本的な考え方を示した。
平成18年度報告書(中間報告書)
http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/h19/190409-8/190330-8houdou.pdf
 検討すべき事項は以下の通りであった。
①危機管理組織のあり方
・危機管理担当部署(平素の組織、臨時的組織)の権限、所掌事務等
・危機管理専門幹部の権限、所掌事務 ・対策本部長等の意思決定のメカニズム
②危機管理事案への対応のあり方
・初動体制の確保  ・情報に関する事項  ・関係機関との連携
③危機管理事案に対応するため平素から取り組むべき事項
・危機管理に係る基本指針の内容等 ・ハード面の整備(ex. 危機管理センター等)
④危機管理分野における人材育成のあり方
・人材育成、職員配置の方策等 ・外部の人材の活用方策


イ 平成19 年度
「都道府県における総合的な危機管理体制の整備についての報告書」を発表した。
「平成19年度報告書(都道府県における総合的な危機管理体制の整備)」
http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/h20/200228/200228-1houdou-r2.pdf


ウ 平成20年度
 市町村において危機に的確に対応するために必要とされる役割や実施すべき事項に関して、総合的な観点から危機管理体制の整備方策について調査・検討を行った。
 「平成20年度報告書(市町村における総合的な危機管理体制の整備)」
http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/h21/2103/210326-7houdou-r2.pdf

3 地方自治体の危機管理に係る課題等(小生の拙論抜粋)
(1)課題について
 危機管理の実際の司令塔たる地方自治体の危機管理に係る課題については、NPO法人埼玉国民保護協力会の機関誌に「地方公共団体の危機管理体制の再構築等について」を寄稿(http://yamashita2.webcrow.jp/ronbun-kikikanritaisei.pdf)した論考で述べた。その内容を概要紹介したい。


『3 危機管理に係る課題等
(1)新概念に基づく早急なる体制整備等
 組織的には整備されつつあるが、“組織を作れば、それでもって足れり”とするものであってはならない。それぞれの組織が、その役割を円滑・効率的に果たし得るべく運営の細部が詰めなければならない。


(2)実効性の観点からの課題
 小生の幹部自衛官としての勤務経験(連隊長時代の北海道南西沖地震における奥尻島における災害派遣活動を始めとする10回以上の災害派遣、阪神淡路大震災災害派遣における方面総監部の主務幕僚としての経験及び帯広勤務時代の十勝沖地震等)に照らし、対策本部を実効的に機能させるために考慮すべき事項等について述べる。
ア 対策本部の実効的運営について
(ア)課題等
  対策本部運営に関する課題は以下の6点であろう
① 迅速な対策本部の立ち上げ
② 膨大な情報の整理及び分析
③ 状況の推移に応ずる対策本部長の状況判断に必要な資料の提供
④ 他部との連携等
⑤ 通信連絡所要の増大
⑥ 業務予定表の作成による業務の統一性・総合性・先行性の確保


(イ)迅速な対策本部の立ち上げ
 マニュアルの整備や所要の資・器材の常備が肝要である。


(ウ)膨大な情報の整理・分析等
 阪神淡路大震災時に作戦室を運営するに当って、小生の第一の関心事項は、状況はどうなっているのかと言うことであった。被害の状況といっても人的被害は勿論、インフラや建物の被害、ライフライン等掌握すべき情報は多種多様であり、加えるに、方面総監隷下各部隊の状況、現状や爾後の予定等、関係機関、県や関係市町村等の地方公共団体、警察や消防機関の状況、上級司令部たる陸幕や海・空部隊の状況なども承知しなければならない。
 その状況を常に最新の状況に更新することも重要である。方面総監部の作戦室勤務員のみでは対応しえず、防衛部の有能な班長を状況把握の専属にして、増加した所要の要員を指揮させて一晩掛けて翌朝の総監報告にやっと間に合ったという状況であった。斯様に、殺到する各種状況を、その真偽や軽重・緩急等を判断して的確に提供するということは至難の技である。
 県レベルは言うに及ばず、市町村レベルにおいても、大規模災害や武力攻撃事態において、係る状況が出来しないという保証はない。
 IT化が進展し、10年前の阪神淡路大震災時と比較すれば、状況把握のシステムが開発され、市町村にまで普及しつつある。逐次に改善が重ねられているが、それでも、ダブルカウント等のヒューマンエラーは避けられず、緩急・軽重の判断は状況の推移によっても違うので、相応の能力を有する者が関与することが必要であろう。


(エ)状況の推移に応ずる対策本部長の状況判断に必要な資料の提供
 対策本部は、対策本部長が事態対応方針等を決心するために必要な状況を提供する場である。その時点の状況に応じて何を判断すべきか(今決心しないという判断をも含む。)に必要な資料が提供されなければならない。あらゆる情報を整理も何もせずに闇雲に提供すれば良いと言うものでもない。その時点における状況の特質を明確に理解し得るような状況が呈示される必要がある。対策本部長に何を判断・決心して頂くかを明察して、それらに必要な状況の報告・呈示が必要だ。
 阪神淡路大震災においても、その様な着意で作戦室の掲示物や状況報告内容を 変更した。(尤も、総監の高い見識には及ぶべくもなく、不十分ではあったが・・)


(オ)他部との連携等
 対策本部の対処方針に基づき、庁内各部はその細部を計画し、自ら執行するか実行を指示する事になる。庁内の全組織が一途の方針の下に機能することによって各種の対策が全きを得ることが出来る。この為、対策本部と各部の緊密な連携は不可欠である。
 阪神淡路大震災時には、作戦会議やMR(Morning Report)を全庁に放映するともに、それぞれのレベルにおける調整会議を頻繁に開催し、連携を図った。


(カ)通信連絡所要の増大
 対策本部は司令塔である。首長が指揮統制、連絡調整すべき対象はどれ位の数になるのだろうか。それらとの通信系を構成し、維持しなければならない。重要な回線については予備手段をも確保する必要がある。


(キ)業務予定表の作成による業務の統一性・総合性・先行性の確保
 危機対応に当り、何時・何を実施するかを明確にして、庁内各部の業務に方向性と先行性を与えることは極めて重要である。このため、対策本部の業務予定表(何時・何を決定し、如何なる業務を実施するかの予定を、全般及び各機能等毎に一覧にした表)を早期に作成して示すことが肝要である。
 この業務予定表の作成は、首長を補佐する危機管理担当参謀の重要な職務である。作戦と言うか危機対応の全般を見通した上で、主要な結節とは如何なるものか、それは何時頃なのか、また何時頃何を判断しなければならないかを明察して作成するものであり、状況の推移に応じて適宜修正されるべきものでもある。この業務予定表を作成するには、極めて高い識見が要求される。
 司令部の業務予定表は、大要「幕僚の努力を総合一体化させることを目的とし、司令部業務の細目、順序、担任区分、完成時期等の予定を定めたもので、各幕僚の業務遂行の基準となる。」ものである。


イ 新たなる業務等への対応  (略)

ウ 昼夜・連続状況下における活動
 原則的には、危機が長期にわたって継続する場合には、ローテーション管理を行うべきである。然しながら、小生の阪神淡路大震災時における、主務部長としての経験から言えば、「行うは難し」である。任せられる部下が居なかったなどとは言わない、部下に任せ得るかどうかは、本人の性格にも因るところ大である。
 ローテーション管理を実効あらしめるためには、同等の能力を持つ者を指定して組み入れるか、明確な指針を与えると共に、状況によっては委任者の判断等を仰ぐべきこと等の処置を確行する事が重要である。
 更には、必要最小限の委任しかしないのであれば、委任者は、休める時には休んで、常に頭をクリアーな状態にしておくべきである。この為には、部下に委任すべき事項を明確にして、煩瑣な事項に惑わされない環境を作為することが必要である。
 トップリーダーになればなるほどこの重要性は高まる。指揮官である首長に対する、軽重・緩急を考慮した情報や状況の報告、判断を仰ぐべき事項の適切な選択が重要である。


エ 適時な情報発信の要度大
 事態が厳しくなればなるほど、住民に対する適時な情報発信による住民不安の払拭、安心感の醸成が重要となる。マスコミに対して、適時な情報発信、記者会見や発表、ピンナップは住民に対する情報発信にもなり、地方自治体の実施中の施策に対する理解と協力の根源ともなる。
 今日の情報通信システムの発達は、住民からの苦情や要望等の集中豪雨的殺到にもなりうるが、逆に適時適切なシステムの活用があれば、これほど強力な味方もないはずだ。


(3)課題解決の方向性
 以上、課題等について述べたが、これらの課題解決のための処方箋としては次のようなものが考えられる。
① 訓練や研修による危機管理能力の向上
② マニュアルや資・器材の整備
③ 危機管理経験者の活用や国民の協力受け態勢の充実
 このうち、③については、国民保護法は、第4条において、「国及び地方公共団体は、自主防災組織及びボランティアにより行われる国民の保護のための措置に資するための自発的な活動に対し、必要な支援を行うよう努めなければならない』と規定し、協力を期待・想定している対象として、自主防災組織やボランティアを想定している。
 また、同法第11条3項、16条3項において公共的団体をも対象と想定していると看做す事ができる。(以下略)


(4)自衛官OBが具備している知見等  (割愛)
≪抜粋終り≫


(2)現状認識
 阪神淡路大震災や発災7年を迎えた東日本大震災や、総務省消防庁の検討結果、或いは国民保護に係る各種検討や施策等を踏まえて、地方自治体の危機管理能力は着実に向上している筈だ。確かにハード面や組織体制上は多くの改善が為されてきた。危機管理経験者としての自衛官や消防官等の再雇用も相当進んでいることは喜ばしいことだ。
 が、行政機関は所謂平時業務が主であり、屡人事異動があるという特性等、また小生の細やかな体験等から、率直に言えば、ソフト面での能力向上については聊か心許ない。

4 危機管理能力の向上に関する私見
  地方自治体の危機管理能力向上について、3項に述べた以外の事項について幾つか述べたい。
(1)リーダーの状況判断私論
 状況判断の基本的要件は、「何時・何を判断すべきか」を判断することであると云われる。これこそが、リーダーにとって最重要事項だ。何を判断・決心すべきかが明確になれば、その後は下僚・スタッフが作業してくれる。その点は日本の官僚や役人は能力が高い。
 如何にして、判断すべき事項を導き出すのかが問われるだろう。そのような能力を如何にして涵養するのか?
 云うまでもなく、判断すべき事項は時々刻々と変化する。判断事項を予めリストアップ出来れば良いが、状況は千差万別であり、そう問屋は降ろさない。
 小生が指揮官時代には、常に「この状況で何を判断すべきか」を意識して対処してきた。何がベストな判断なのかを常に自問自答して結論を得る。
 その為には状況の大局的な把握が重要だ。状況図を睨んでいると、その解が勃然と明らかになる。状況を自ら感得してそれを巨大な脳内コンピューターで処理して、判断・決心事項等に到達するのである。
 このような直観的な解を導く能力は、十分な経験や体験、危機管理に関する必要かつ十分なる自学研鑽や修練によって培われるものだ。
 一つとして同一の状況はなく、単なる知識は単純に適用できるものではない。知識や経験等が己の血肉となることにより、状況に適切に対応した所謂最適解が明らかになる。
 自衛隊や米軍等の状況判断・作戦見積の思考過程等は、指揮官からの明確な指針(考察すべきオプション、時期的地域的範囲等)がある場合には有効であるが、何を判断するか等のケースでは不向きであると考える。
 リーダーの直観力に基づく判断は、単なる勘ではない。初歩的・基本的な訓練の積み重ねや不断の自己研鑽、数多の経験が裏付けとなっている。経験豊富な者のみが到達できるが、それに至るには厳しい修練の期間がある。
 状況の確認に当たっては、次のような視点を意識しておかねばならない。当面と長期、第一線と後方、集中と組織化、鳥の目と虫の目、本質と些末等々の視点を忘れてはならない。
 一朝一夕に斯様な直観力が得られる訳ではない。


(2)直観的判断・決心はどのようにして得られるか?
 提示された状況を大局的に、冷静に、何事にも捉われない明鏡止水の心で観察すればよい。
 問題は、作戦室(危機管理センター)が指揮官の判断に資する状況を提示し得るか否かである。
 状況の特質が明確に表示された彼我の状況図が必須だ。如何なる状況をどのように表示するのか、作戦室運営責任者の力量が問われる。
 状況は時々刻々と変化・推移し、判断すべき事項も当然変わってくる。指揮官の関心事項は奈辺にあるかを考慮して情報・状況の整理をすべきである。(前項1(2)ア(エ)項参照)


(3)作戦室(危機感センター)の運営
 近年、知事又は市町村長の危機管理対応を容易にする目的を以って危機管理センター(常設されているか否かは別として)が運営されているが、実態・実情はどうなのだろうか?
 仄聞するところでは、ハードや作戦室勤務者等の指定については為されているものの、首長の判断に資するようには運営されていないようだ。
 情報の共有という点からは相当に活用されているが、状況判断等という観点からは未だしの感があるという。
 部局長等の認識の一致の為にも作戦室は存在する。首長の判断を待つまでもない判断・決心事項等は関係部局長等が軽易に集まって、協議すればよい。
 作戦室の重要性に関する認識がないようだ。


(4)人材育成について
 地方自治体や行政等の危機管理に関する本質的な問題は、定期的な人事異動が行われ、ノウハウや知識・経験の蓄積が難しいこと、危機管理は云わば有事の業務であって平素の業務とは異なっているので、危機管理については別途教育訓練すべき要がある。有能なスタッフの中には危機管理に長けた人材も居る筈だ、そのような人材を発掘して育てることも考えるべきだろう。危機管理職域が行政の主要職域と認知されることも必要だろう。

5 終りに
 やや大胆な状況判断私論を提示したが、参考になれば幸甚である。長い自衛官勤務の中で培った小生なりの結論である。
 朝鮮半島危機が囁かれ、大規模災害発生の確率も高まっている。地方自治体等の危機対処能力の向上は待ったなしである。
 東日本大震災発災の日に危機管理に思いを馳せてみたい。

(F)