(寄稿論文)
大震災と戦力回復
山下 輝男
はじめに

 本論文は、JBpress日本再生「国防」に寄稿したものであるが、JBpressの許諾を得てチャンネルNipponに投稿したものである。

 阪神淡路大震災における自衛隊の災害派遣を、中部方面総監部の防衛部長として勤務した小生にとって、今次大震災災害派遣を阪神淡路大震災災害派遣と比較するのが常であった。

 特に、人事正面においては、戦力回復が組織的・多層的になされたこと及び即応予備自衛官と予備自衛官を実招集したことに、兵站面においては駐屯地を核とした兵站支援体制を早期から広範囲に展開して組織的な支援態勢を構築したことと、自衛隊が当初の間物流管理の要を担ったことに阪神淡路大震災災害派遣からの飛躍的発展を感じた次第である。

 運用面では阪神淡路大震災の教訓から自衛隊の迅速な出動を可能とする態勢整備が為されそれが功を奏したことに感動した。

 本稿においては自衛隊が行った「戦力回復」について管見し、私見を述べたい。

1 阪神淡路大震災時の戦力回復等について

 発災以来、ある部隊は被災地内の集結地を活動拠点として不眠不休の活動を続けていた。特に被災地内においては休養をとることも叶わず、疲労困憊の状況が見られるようになった。一方、ある部隊は集結地を被災地外に設定して心身の疲労を低減させる措置を取った。然しながら、何れにしろ、給食や入浴も制限され、余震の恐怖、二次被害の危険性、殆どの隊員が経験したことのない御遺体と直接向き合って収容・搬送を行うという極めて厳しい環境下での任務遂行であり、戦力回復が大きな課題となった。

 この為、発災から8日後に中部方面総監は要旨下記の行動命令を発出した。

態勢変換に関する行動命令(1月25日1550発令)
1 人命救助活動はおおむね終了しつつある。
2 生活救援活動を主体としつつ二次災害への即応体制を維持
3 各師団は。現救援活動を継続、二次災害に備えつつ、戦力の回復を図れ
  戦力回復地域:師団長所定

 各部隊は、大規模余震に対処しつつ、人員交代しながら努めて原所属駐屯地において戦力回復を実施した。
 人命救助・捜索活動は、云わば人海戦術で行わざるを得ないので、隊員が疲労困憊の極にあっても、非情であっても活動の継続を命じざるを得ないが、生活救援(支援)活動は、人命救助活動に比してそれほどのマンパワーは必要としないので、戦力回復が可能であるとの判断であった。因みに、人命救助活動は発災から13日後の1月28日の警察等との一斉捜索により終了した。

2 今次大震災災害派遣の戦力回復

(1)全般
 今次大震災の被災地域の広域さ、死者・行方不明者の膨大な数、津波被害に因る捜索範囲の水陸に亘る広大さ、水死者の捜索上の特性等により、活動の長期化が予測されると共に、10万人体制の派遣規模という部隊交代の困難性を踏まえ、発災約1週間後から陸上幕僚監部、統合任務部隊司令部及び各駐屯地業務隊と組織的・計画的に調整を実施し、発災約2週間後の3月下旬から逐次「戦力回復」が行われた。
 その基本的な方針は下記の通りである。

戦力回復の概要
目的:活動期間の長期化が予測される中、疲労等による隊員の負担を軽減して、派遣隊員が勤務に耐えうるよう、活動地域の近傍に心身ともに戦力回復できる「戦力回復センター」を設置して、災害派遣活動に資する。
施策:
1.全般:隊員が疲労回復できる体制整備「当初は、給食(温食)、入浴及び洗濯主体
2.家族支援:留守家族との連絡確保に必要な通信手段の整備等
3.厚生:休憩・休息の確保や健康増進により心身がリフレッシュする施設等の整備
4.衛生・健康管理:医務室における診療・健康相談態勢
5.メンタルヘルス:派遣隊員のストレス把握と早期対処
          ネットワークの構築によるメンタルヘルス態勢・体制の強化(カウンセラー、臨床心理士の活用、医官との連携)

戦力回復センターのイメージ:


体育館に簡易型寝具

ベッドに拡充

洗濯機を増設

ビタミン豊富な野菜・果物の温食

被災者や国民からの感謝の声掲示


(2)大規模駐屯地を戦力回復センターに指定

 今次大震災災害派遣においては、東北方面隊管内の「青森」「弘前」「神町」及び「秋田」の各駐屯地を、東部方面隊管内においては、「古河」「朝霞」及び「大宮」の計7個駐屯地を戦力回復センターに指定・開設した。

 被災地外で、さりとて遠距離という訳ではなく、比較的多数の部隊を収容できる施設がある大規模な駐屯地が選定された。

 東北方面隊及び東部方面隊の部隊は、原所属駐屯地において、北部および中部方面隊等の部隊は、それぞれの活動拠点・集結地から最も近い「戦力回復センター指定駐屯地」において戦力回復を図った。

(3)戦力回復要領

 自衛官はスーパーマンではない、使命感だけで、長期且つ困苦欠乏そして平常時においては蒙ることのない極めて強度の高いストレスを感じている。これ等から解放し、そして次なる任務に再挑戦し得るように隊員個々の心身のリフレッシュを行うことが戦力回復であり、その為の方策の最大のものは睡眠、美味しい食事並びに休養である。

 これらに加えて、①家族支援 ②厚生 ③④衛生・健康管理 ④メンタルヘルスを行った。

(4)家族支援について

 家族支援の目的は、隊員家族の不安感を除去するとともに、部隊に対する信頼感の醸成を図り、隊員が安心して任務にまい進できる態勢を確立することである。

このため、次のような施策を実行した
○ 家族説明会の実施
○ 隊員家族への情報提供(隊員の活動状況等)
○ 相談窓口の設置(家族支援センター等)
○ 家族からの慰問品の受付及び送付支援

 自衛隊が海外へPKOや国際災害救援のために派遣される場合には、計画的に家族支援を実施しているが、今回はそのノウハウを大規模災害派遣にも適用したということである。何れにしろ、家族との連携は隊員にとって最高のプレゼントである。心身のリフレッシュにならない筈がない。

(5)メンタルヘルスについて

 災害派遣において、メンタルヘルスを組織的に実施したのは今回が初めてである。小生の経験で恐縮だが、熊本で小隊長を拝命している際に天草水害災害派遣に出動、土石流に飲み込まれたお婆さんを約1週間後に発見収容した。流石に若い者は手を拱いて見守るのみであったし、その夜中に奇声を発した隊員も居た。一名においてすらそうなのだから、数限りなくそういう場面に遭遇したら精神的なショックが大きいだろうし、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に陥る者が居ることはある意味では当然であり、それ故にメンタルヘルスを行わねばならないのである。

 各方面隊等と調整し「惨事ストレス対処集合訓練」修了者をもって、陸幕メンタルヘルス巡回指導チ-ムを組織し、派遣部隊の活動地域に派遣し、メンタルヘルスに関する教育を行うとともにカウンセリングを実施した。また、各級の部隊指揮官等の参考に供する為に、災害派遣隊員のメンタルヘルス維持のためのハンドブック作成し派遣部隊に配布した。特に陸幕巡回指導チーム派遣は隊員のメンタルヘルス維持に効果があったといわれる。

3 若干の考察

(1)人的戦力維持の重要性

 今般の災害派遣においては最大時10.7万人を超える隊員を派遣した。無尽蔵に隊員を派遣出来る訳ではなく、長期の作戦・活動になれば当然隊員個々の体力も気力も低下し、作戦・活動を継続できなくなる可能性がある。また、隊員個々は素晴らしい戦士でもあり、この育成には相当な期間を要している。更には隊員は人間としても、極限状況下にあってもその尊厳が保たれねばならない。このような意味において、隊員個々の戦力を回復し、心身がリフレッシュして次なる任務に再チャレンジするようにすることは組織としての最重要命題である。

 視点はやや異なるが、長期化に対応するためには、当然現状の人員では極めて困難であり、自衛官の増員がさらに必要なことは明らかである。

(2)自衛隊駐屯地・基地及び演習場等の存在意義の再確認

 被災地内は勿論だが、被災地近傍に所在する駐屯地・基地・演習場等は、部隊の集結地・活動拠点或いはヘリポートとなり、兵站支援の根拠となり、更には戦力回復センターとしての役割をも担うこととなる。経済効率性から駐屯地等の統廃合が声高に叫ばれ、危機感を覚えた市町村等が存続を訴えて署名活動や陳情を行っている。民生支援や隊員が居住することによる経済的側面だけではなく、大規模災害派遣時の駐屯地・基地や演習場等の持つ機能にも着目すべきであろう。

(3)戦力回復センターを支えた陰の主役

 戦力回復センターとして指定された駐屯地や部隊の原所属駐屯地等において、実際にその業務を担当したのは、駐屯地業務隊である。駐屯部隊や通過部隊に対する管理支援を行いつつ、戦力回復業務を行った。駐屯地業務隊は、半分が事務官であるが(女性事務官も多い)、それでも第一線で真摯に任務に従事している隊員が心からリラックスできるように真心支援を行った。

 駐屯地に入った部隊に対しては、たとえ真夜中でも車両の燃料を満タン満缶にし(直ちに給油し、何時でも出動しうる如くするのは部隊の基本的な躾事項だ)、少ない陣容でベッドを組み立て寝具を運び、何時でも就寝しうる用ベッドメーキングして部隊の到着を出迎える。そのような日々が続いたのである。

 この様なサポートがあったればこそ、原所属部隊は云うに及ばず、通過部隊も任務遂行の基盤が醸成され、そして戦力回復のために一時的に駐屯する部隊も真の意味での戦力回復が出来たのである。

 この様な陰の主役はスポットライトを浴びることはないし、彼等もそれを望んでいない。陰は飽く迄も陰に徹するべきであると思い定めてはいるが、彼らの誇りは第一線部隊等がその任務を完遂し得た時に得られる。(感謝!)