ビジネストップリーダーが語る危機管理
山下 輝男
初めに

 先日、当NPO法人会員である島田博夫氏にお話を伺う機会を得た。危機管理に関する極めて興味深い話であったので、紙面を借りてそのエキスを小生の知見を交えて紹介したい。素より浅学菲才の身でもあり、氏の意を充分に尽くせぬかも知れないが、読者諸氏のご賢察に期待したい。


 氏は、大学卒業後に入社された神戸製鋼時代には阪神淡路大震災(平成7年1月17日)に遭遇、コベルコ建機社長時代には、四川大地震(平成20年5月12日)の被災地支援を積極的に実施され、そして今般の東日本大震災においてはシマブンコーポレーションの名誉会長として、阪神・淡路大震災及び四川大地震対処の経験を踏まえて各種施策を遂行された。

 これ等の大災害に企業のトップリーダーとして陣頭指揮にあたられた氏のお話は、非常に含蓄に富んだものであり、1時間があっという間に経ってしまった。



1 当初における危機か否かの判断の困難性

 危機か否かの判断は難しいものである。阪神淡路大震災の時には、火事は別にしても判明した死者等の数も当初はそれほどではなく、発災当日の17日夕刻頃(発災は1月17日0546)になり、これはとんでもない大災害であるとの認識を皆が持つようになった。大したことではないのではないかとのイメージを当初に持ったことが色々な面での初動対処を誤らせたのではないかと考えられる。

 そもそもこのようなイメージを持ったのは、情報取得をマスコミに頼ったところにあった。事態惹起時の軽重・緩急等の事態認識は難しいが、トップは複数の情報源の確保に留意すると共に冷静に正しい事態認識が出来るように修練すべきなのだろう。


2 事態惹起直後のトップの決断

 事態惹起直後のトップリーダーの決断は、企業が直面するお客さんからのクレーム対処に似ている。先ずは、当面の対処措置を迅速に行いつつ、速やかに事実関係特に事態の本質を確認・見極めねばならない。事実を冷静的確に見極めてこそ、為すべき対応策を案出でき、事態の速やかな収束が出来るのである。

 ここで危機管理上の鉄則の一つが思い出される。 それは初動大兵力投入(出動準備を含む)、状況に応じて不要なものから解除していくということである。


3 現地との通信連絡手段の確保

 現地と本社間の常時連絡体制が維持されることが、何時如何なる場合でも重要であることは論を待たない。が、通信連絡手段が往々にしてしっかりと確保されていない場合がある。特に非常時における最高司令部と現地との指揮連絡の確保が対処の死命を制する。予備又は副手段を持たねばならない。

 阪神淡路大震災の経験もあり、四川大地震においては現地成都に所在した現地会社に衛星電話を備え付けていたので、状況把握も容易であり、四川省に対する会社としての支援もスムーズに行うことが出来た。通信連絡が途絶した場合を考慮して予備手段を持つことが重要だ。

 面白いのは、被災地との電話連絡は、距離的に近い場所から固定電話で掛けても通じにくいが、反って遠い所を介して行うと通じやすいようだ。国際電話を繋ぎっぱなしにして通信連絡を確保したこともある。


4 機動的、機能的な司令部をこそ

 阪神淡路大震災への対処において、数居る部長等の中から2名(島田氏と他1名)が指名されて、震災対処の指揮を任された。他の部長等の所掌に関わる職務までを指揮命令する権限を与えられたが、迅速な対処を要する場合には極めて効果的であったと思う。危機時には迅速な措置こそ求められるのであって、じっくりと談合(?)している余裕はない。機動的で機能的な対策本部や司令部でなければ、危機時には有効に対応し得ないものと確信する。(今般の大震災における政府の対策本部の乱立は如何なものか?)


5 現場への権限委譲の重要性

 阪神淡路大震災において現場への指揮及び権限を移譲されたことの教訓が、四川大地震の際には活きた。マニュアルにも規定し訓練もしていたことであるが、大地震発災直後に「臨時経営会議」を正門前で実施した。

 集まった従業人に対して全ての権限を現場に委任すると明言し、No2であった中国人に任せることとした。現地法人のトップである日本人の言葉を翻訳して従業員に伝えるよりも、中国をよく知る者に実質的な権限を与えて指揮させることが重要と判断したのである。現場の状況をよく知り、正しく判断できる者こそが指揮することが必要である。

 現場に近い所に指揮命令権や資金を集中することが重要なポイントで、一々上に指示を求めていたのでは時期を失してしまうこと必定である。 ちなみに一昨年メキシコ湾で生起した海底油田の爆発・石油漏出への米国の対応では、沿岸警備隊司令官の下に人・物・金(ボランティア、漁船・船員、民間の作業船等々を含む)の全てが投入されたと聞いている。

 トップは現場に任せて、その判断を支持し、必要なサポートし、そして結果責任をとることが肝要だ。口では任せたと言って実際には容喙するケースもあるが、任せきれるかどうかトップの器量が問われる。

 任された者は適時適切に報告することが肝要である。気を付けるべきは、思い付きみたいに指揮してみたり、指揮しなかったりというようなことになると部下は指示待ちになってしまう恐れがある。包括的な命令指示を与えて、細部は現場の判断で対処させるべきである。


6 総力を活用すべし

 業界には蓄積されたノウハウや物理的能力がある。そして全国を結ぶネットワークがある。氏は建設機材を扱う業界に属しており、その性格から、大規模災害時には建設機材が必要であることを長年の経験により理解し、それらに即応すべく施策されている。 その能力が発揮された様子を7項で既述するが、他の業種更には多くの業種を統合した機能があればより円滑な事態対応が可能であろう。 それが国家総力戦の意であろう。

 例えば、北海道では、建設機材を小型ショベルから大型重機材まで100台を保有し整備し、必要があれば、事態に即応できるようにしている、とのこと。残念ながら今般の大震災ではそれが活用されることはなかったが・・


7 非常時に非常時なりの対応をすべきではないか

 建設機械工業界は、発災直後とそれに引き続き、「東日本大震災に係る復旧・復興支援のお願い」なる文書を政府・内閣官房副長官補に提出した。その中で、①復旧・復興支援関係車両の交通制限地域通行の許可証の発給 ②建設機械等の燃料調達の円滑化 ②大型建設機械の輸送規制緩和、手続きの緩和等を要望した。

 建設機械等の定期検査の一時的な延期や緩和等も必要である。平常時には認められないかも知れないが、非常時には止むを得ず認めることが応急対策や復旧・復興のために是非とも必要だ。暗黙の承認でも良い。

 この結果復旧・復興に必要な機材の現地への展開が早期に実現した。


8 次の一手を判断して準備すべし(要請を待ってからでは遅い)

 業界や企業としては、政府や行政の要望・要請を待って行動したのでは事態に即応し得ない。今般の大震災においては中古建設機材の展示会を直ちに中止して、中古機材を被災地近傍に集中した。業界独自の措置事項であるが、このような措置を事前に採ることが重要であると考える。それが業界や企業の社会的責任でもある。

 シマブンコーポレーションもその様な観点から仙台近くに拠点を開設し、要望等に即応し得るようにしている。


9 輸送や物流について

 自衛隊の初動対処や行動は素晴らしかった。本領を発揮したと言うべきだろう。自衛隊が、当初の間、物流を担ったが、自衛隊の組織力のしからしむるところであり、自衛隊の車両しか対応できなかった。民間の輸送力を当初から活用する工夫の要があったのではないかと思う。被災地との物流、交通アクセスの確保のために自衛隊のみならず民間輸送力も当初から活用し得る方策を確立する必要がある。

 車両の交通規制は、阪神淡路大震災時には色々と問題があったが、今回は良かったのではないか。


10 被災地支援の通じての社会貢献や国際交流

 コベルコ建機は、四川大地震被災地の中心に位置する唯一の建機メーカーとして、発災当初には油圧ショベルや義捐金を贈呈し、第二弾では社会的貢献の一環として成都市当局と調整しての四川大地震後の復興支援全壊小学校の再建等を実施した。

 今般の東日本大震災では再建された成都市の小学校の生徒達から被災地の小学生へのメッセージが届けられた。日中両国語で書かれた写真集の中の小学生達の笑顔が素晴らしかった。このようにして国際交流が始まり相互理解が始まるものであることを実感した。スリランカへの建機機材提供でも、同様な思いを持った。


11 編者後記

 何の因果というべきか、我が国が直面した危機時には、それを乗り切れるようなリーダーに恵まれなかったとも云えよう。前回の阪神淡路大震災でもそうだが、今回でも、何故かリーダーの危機管理能力が問われている。島田氏の危機管理に関する知見を伺い、今般の国家的危機管理の実情を見るに、そのギャップに驚かざるを得ない。
 危機管理に関心を持つ者として、特に非常時には非常時なりの対応が必要であるということ及び現場に任せるべきことの必要性については全く同意である。
 我が国の国家非常時システムが整備されていないが、今般の大震災を契機にしてそれらが整備されることを期待したい。

 国家や企業の管理運営に携わる者の危機管理に関する識能を高めることが必要であり、危機管理に携わった方々のお話を伺い追体験をすることが必要だ。本稿がそのような意味において読者諸氏に裨益することを期待したい。(F)