昭和21年鹿児島市生まれ
第13期防衛大学校卒業後、陸上自衛隊 入隊
北は旭川、南は復帰直後の沖縄で勤務
指揮官・幕僚として多くの災害派遣(阪神淡路大震災災害派遣)等を経験
平成16年3月陸上自衛隊を退官
現在は第一生命保険相互会社に顧問として勤務
NPO埼玉県国民保護協力会副理事長
日本戦略研究フォーラム政策提言委員
陸上自衛隊OBの山下です。今回と次回に分けて、自衛隊史上最大規模の災害派遣となった阪神淡路大震災における自衛隊の活動について説明します。本説明の最後に自衛隊の災害派遣の概要を収録した動画をご覧頂けます。
 
先ず、最初に阪神淡路大震災の概要です。
被害の概要は上記の通りであり、言うまでもなく戦後最大の地震災害でした。
阪神淡路大震災における災害派遣の特色は・・・
  • 自衛隊史上最大規模の災害派遣
  • 自治体との関係の薄い地域における戦後最大の地震災害への対応
  • 早期から中部方面総監が直接指揮
  • 広範多岐な各種活動の実施(応急復旧まで実施)
  • 各種試みの実施(航空統制、輸送調整、県庁との連絡調整等)

上記5項目であると認識しています。
「被災者の為に」を合言葉に、あらゆる活動を行いました。
延派遣人員等
支援結果
本災害派遣における災害派遣規模及び活動成果は上の表のとおりです。
伊勢湾台風時の災害派遣も大規模でしたが、本災害派遣はそれをはるかに上回る規模でした。

発災直後からの方面隊の初動対処は、
  1. 発災直後の処置
    • 非常勤務体制
    • 情報収集
  2. 第3師団等の初動対処と部隊集中状況
  3. 第3師団に対する災害派遣能力の増強
  4. 方面全力による災害派遣への移行

京都、滋賀、姫路、大阪の各部隊の被災地への移動には、詳細は省略しますが、大渋滞のため、多大の時間を要しました。
このスライドは、約100日間の災害派遣をまとめたものです。勿論当初からこのような構想で災害派遣を行ったという訳ではなく結果的にこのような状況推移であったということです。
当初の2,3日間は人命救助が主体で、部隊も阪神・近畿地区を担当する第3師団(方面官内他師団からの増援部隊を含む。)と、四国所在の第2混成団が担当しました。
人命救助から逐次に生活救援活動へ重点が移行し、全国から給食、給水、医療、入浴等の部隊の増援を受けて、被災者の方々への支援を行いました。倒壊した木造家屋の処理についても要請があり、全国から施設部隊の増援を得て実施しました。
人命救助段階の部隊展開状況です。市区町村長との調整を容易にするため、担任区域として複数の行政区画を付与しています。
尚、表中の2Cは第2混成団の意で、淡路島を担当しました。
1 成 果
2 問題点等
人命救助活動の成果と問題点です。
資・器材の不足、行方不明者に関するきめ細かな情報の不足、広域における緊急患者の搬送システムの欠如等の問題がありました。
第二段階である生活救援活動期の部隊展開状況です。
方面隊及び全国からの増援部隊併せて、最大1日 18,000名余の隊員が被災者救援、指揮・通信、管理等の活動に従事しておりました。

生活救援活動においては実に様々な活動、給食、給水、輸送、入浴、医療、天幕支援、物流管理をおこない、全期間を通じて実施致しました。被災者の地域的、時間的、規模等のニーズに即した活動を行えたと自負しております。
細部については動画をご覧頂きたいと思います。特に各部隊が提供した「○○湯」が好評でした。
しかし、問題点としては・・・

  • 総合された支援要請の欠如(支援の具体的調整困難)
  • ライフライン復旧と支援態勢との節調
  • 救援部隊の管理支援劣悪

上記が主な問題点です。
本災害派遣を通じ、色々な教訓を得ることが出来ました。それらは、今日ではかなり改善されております。
次回にはそれらについてお話します。以上で今回の説明を終わります。
有難う御座いました。質問等お待ちしております。

本災害派遣の概要を収録したDVD(約20分)をご覧いただけます。
では、次回の危機管理ライブラリーをお楽しみに!