第3回:昭和52年度以降に係る防衛計画の大綱について
(51大綱)

今回は、防衛力整備のバイブルとして長い間その地位を占めてきた「防衛計画の大綱」(防衛大綱)がどのような背景で作られ、その中核である「基盤的防衛力構想」の考え方について解説します。
また、大綱に基く中期的な防衛力整備計画と位置づけられる「中期業務見積もり」と「中期計画」の変遷についても述べます。

〇 前回まで述べてきたように、過去4次にわたる防衛力整備計画の実施により,わが国の防衛力は逐次その整備充実が図られてきました。
 しかしながら,部隊の編成や各種の防衛機能の内容について,いまだ整備すべき分野を残しており,また既存のものについても,その後の軍事技術水準の向上など時代のすう勢に応じて装備の更新近代化を進めていく必要があること,一方においては,次のような国内外の諸情勢があることを考慮し,政府は,4次防計画が昭和51年度をもって終了することに伴い,昭和52年度以降のいわゆる「ポスト4次防」について,最も効率的な防衛力のあり方を追求し,昭和51年10月「防衛計画の大綱」を閣議決定しました。

この際,考慮された国内外の諸情勢とは,次のようなものでした。

① これまでの防衛力整備は,安全保障問題に対する関心の低さと世論の不統一もあり,厳しい環境の下で行われてきたが,一方では「わが国の防衛力は,どこまで大きくなるのか,際限のない増強をめざしているのではないか」といった疑問が一部に提起され,このためわが国の防衛のあり方をできる限り具体的に明示することにより,国民的合意を確立する必要があること。

② 他方,従来の整備目標である「通常兵器による局地戦以下の侵略事態に対し,最も有効に対応し得る効率的な」防衛力がなかなか実現せず,勢い正面防衛力の整備に重点が置かれ,継戦能力保持のために必要な抗たん性や補給体制の強化などの後方支援部門の整備は,圧迫を受けざるを得なかった。
このような実情の反省に立って,政府の責任において自衛隊が果たすべき防衛上の具体的任務範囲を明確にするとともに,見通し得る将来に達成可能な現実的な防衛体制を,一定の意味をもった完結性のある形で整える必要があること。

③ 一方,わが国の防衛力は,装備や施設の更新近代化などのための所要経費の増大や人件費などの上昇により,これを維持していくだけでも相当の経費を必要とする時期に来ており,後方支援部門の立ち遅れの是正や人員の確保あるいは用地の取得難といった問題も生じている。加えて,わが国の経済は,これまでの高度経済成長からの軌道修正が求められており,防衛費を大きく伸ばすことは困難とみられる経済財政事情に対して十分配慮する必要があること。

④ また,最近の国際情勢は,東西関係においては4次防計画策定時と比べて大きな変化はないとみているが,わが国周辺地域においては,中ソ対立の継続,米中関係の改善などにより,東西関係の枠を超えた米中ソ3国間に複雑な関係が成立してきているので,直接軍事力をもって現状変更を図ることは,更に困難な状況になっていること。

〇 「防衛計画の大綱」は,従来の整備計画のように一定期間内における整備内容を主体とするのではなく,防衛力の維持及び運用も含め,今後のわが国の防衛のあり方についての指針を示し,自衛隊の管理及び運営の具体的準拠となるものです。

〇 この大綱は,「わが国が保有すべき防衛力としては,安定化のための努力が続けられている国際情勢及びわが国周辺の国際政治構造並びに国内諸情勢が,当分の間,大きく変化しないという前提にたてば,防衛上必要な各種の機能を備え,後方支援体制を含めてその組織及び配備において均衡のとれた態勢を保有することを主眼とし,これをもって平時において十分な警戒態勢をとり得るとともに,限定的かつ小規模な侵略までの事態に有効に対処し得るものを目標とすることが最も適当である」とし,また,「情勢に重要な変化が生じ,新たな防衛力の態勢が必要とされるに至ったときには,円滑にこれに移行し得るよう配意された基盤的なものとする」と定めています。

〇 このような構想は,従来の4次防計画までにはみられなかったものであり,これが,いわゆる「基盤的防衛力構想」とよばれるものです。
以下に,この大綱のよって立つ基本的考え方並びにわが国が保有すべき防衛力の具体的内容及び今後防衛力を整備していくに当たっての具体的方針について,大綱を中心にその概要を説明することにします。

防衛計画の大綱の基本的考え方 国際情勢上の前提

□ 大綱は,その策定に当たって当面の国際情勢の基調となる流れについて,「核相互抑止を含む軍事均衡や各般の国際関係安定化の努力により,東西間の全面的軍事衝突又はこれを引き起こすおそれのある大規模な武力紛争が生起する可能性は少ない。
また,わが国周辺においては,限定的な武力紛争が生起する可能性を否定することはできないが,大国間の均衡的関係及び日米安全保障体制の存在が国際関係の安定維持及びわが国に対する本格的侵略の防止に大きな役割を果たし続ける」ものと考えています。

□ すなわち,大綱は,このような情勢の基調に大きな変化が生じないことを前提としていますが,これを具体的に述べれば,例えば,次のような諸点が大きく変化しない場合といえます。
① 日米安全保障体制は,今後とも有効に維持されるであろうこと。
② 米ソ両国は,核戦争又はそれに発展するおそれのある大規模な武力紛争を回避しようとするであろうこと。
③ 中ソ関係は,仮に部分的改善はあっても,対立の根本的解消には至らないであろうこと。
④ 米中関係は,今後とも相互の関係調整が続けられるであろうこと。
⑤ 朝鮮半島においては,おおむね現状で推移し,少なくとも大きな武力紛争は,生じないであろうこと。

対処すべき侵略の事態

□ 一般に脅威とは,侵略する意図と侵略し得る能力とに大別して考えられます。この「意図」は,状況によって容易に変わるものであり,本質的に不安定さを内包しており,外部からこれを察知することは困難であるという特性を持っています。一方,「能力」は,軍事力の整備には長期間を要することから,急激に変化することはなく,加えて,それほ物的かつ外面的な形で現われるので,外部からこれを測定したり,将来の推移を見積ることが可能であるという特性を持っています。

□ このため,従来の防衛力整備においては,全面戦争ないしそれに発展するおそれのある大規模な武力紛争については,米ソ両国の核相互抑止関係や日米安全保障体制の堅持などによってその発生は強く回避されていますが,そこまでに至らない規模の侵略は,「意図」の変化次第でいつ起こるかもしれないとの考え方に立って,そのような侵略を行い得る能力に着目し,これをもって脅威とみなし,これに対応し得る防衛力を建設することを目標としていたといえます。

□ これに対して,この大綱においては,「意図」は変化しやすく,かつ,察知しにくいものであるとの見方には変りませんが,更に国際政治に及ぼす影響及び結果の重大さを考えるとき,その「意図」の可変性は,自由自在に変化し得るというものではなく,おのずから限定され,その制約は意図する侵略規模が大きければ大きいほど強く機能するとみています。

□ このような判断に立って,大綱は,わが国の防衛力の規模を「能力」面のみに着目して算定するのではなく,いわば平時の防衛力のあり方,すなわち,その組織及び配備上隙がなく,均衡のとれた態勢を保有し,平時において十分な警戒態勢をとり得るという観点から追求するとともに,対処すべき侵略の事態としては,従来,目標としていた通常兵器による局地戦以下の侵略事態の中でも単に地域だけでなく,目的,手段,期間などにおいても限定され,かつ,小規模な侵略までの事態に有効に対処し得ることを目標としています。

□ このような小規模な侵略事態とは,一般的にはあらかじめ侵略の動きが見きわめにくいもの,例えば,大掛かりな準備を行うことなしに奇襲的に行われ,かつ,短期間のうちに既成事実を作ってしまうことなどをねらいとしたものといえますが,大綱はこのような侵略に対して平時から備えようとしています。
 新たな防衛力の態勢への移行(いわゆる『エキスパンド』の考え方)

□ 大綱は,前に述べたような判断を下しながら,他方で,国際情勢の先行きは常に不確定要素を含んでおり,誰しも将来のことを断定することはできず,特に防衛の本質が万一の事態に備えるところにあるとすれば,この不確定要素を無視することはできないという面にも配慮しています。
すなわち,情勢に大きな変化が生じ,前に述べた「前提」が崩れた場合は,これに見合って防衛力の拡充,強化を行わなければならず,このため,大綱はその場合に備えて,あらかじめ新たな防衛力の態勢に円滑に移行し得るよう種々の配慮を行うこととしています。

□ その内容は,一般的にいえば,量的には必ずしも十分ではなくとも良質の基幹要員を保有していて,最新の防衛技術を駆使し得ること,あるいは質的には必要とされる水準を維持していて,いつでもより強固な態勢ヘ移行するための中核となり得る力を備えていることなどです。

□ ところで,新たな防衛力の態勢への移行には,実際問題として相当長期間を要する。したがって,移行を行うとの決断は,必要な時期までにこの移行が完了するよう,十分な時間的余裕を見込んで行われる必要があり,それが遅れた場合は侵略に対して有効に対処し得ないこととなる。
そのような「リスク」を最小限にとどめるためには,国際政治や軍事情勢の動向を常に的確に分析し,情勢の重要な変化の兆候をできる限り早期に察知すること及び察知した結果を適時適切に防衛政策に反映させることが,極めて重要な要素となっています。

「中期業務見積リ」と「中期計画」

□ これまで述べたとおり、わが国では、「国防の基本方針」に基づき、3年又は5年を対象期間とする政府計画としての防衛力整備計画が4次にわたって策定されました。
ついで昭和51年10月には、「防衛計画の大綱」が国防会議及び閣議において決定されました。
その後のわが国の防衛力整備は、この「大綱」に従って進められてきていますが、「大綱」策定以後は、政府の中期計画は作らず年々必要な決定を行ういわゆる単年度方式を主体とすることとしてきました。

□ 一方、防衛庁が「大綱」に基づき、逐年の防衛力整備を進めるに当たり、重視すべき主要な事業について可能な範囲で将来の方向を見定めておくことも、実際の業務を進める上では必要なことでした。
このような観点から、防衛庁は、5か年間を対象とする「中期業務見積り」という防衛庁限りの見積りを3年毎に作成、これを参考として、毎年度の防衛力整備を進めてきました。

□ このような方式に従い、防衛庁はいわゆる五三中業及び五六中業を策定しました。
なお、五六中業については、国防会議に防衛庁長官から案について報告し、防衛庁の中期にわたる防衛力整備の進め方に関する考え方の大筋を示すものとして案のとおり了承されました。

□ 次の五九中業(昭和61年度から昭和65年度までを対象とする中期業務見積り)については、防衛庁は、昭和59年5月8日の国防会議において、その作成に際しての基本的考え方について報告し、了承を得たうえ、約1年をかけて作成作業を進め、昭和60年8月7日の国防会議に、その作成作業の状況を中心に報告を行いました。
 その際、わが国の厳しい財政事情等を勘案し、5か年間の所要経費を可能な限り抑制するよう努めるとともに、今後の防衛力整備計画の策定に当たっては、五九中業の内容を基本にして、防衛計画の大綱の達成を目途に、適切な文民統制を充実する方向で、政府部内で精力的に検討することとされました。

□ 政府は、このような方針の下、今後の防衛力整備のあり方等について、8月7日以降8回の国防会議を開催するなど、検討を重ね、9月18日、昭和61年度から昭和65年度までを対象とする「中期防衛力整備計画」を国防会議及び閣議で決定しました。

□ なお、政府は、この計画の決定に際して、専守防衛等防衛に関する政府の基本的立場を今後とも堅持すること、当面各年度の防衛関係費が当該年度のGNPの1%を超えないことをめどとする旨の昭和51年11月5日の閣議決定(「当面の防衛力整備について」)の趣旨を尊重するよう努めること等を内容とする内閣官房長官談話を発表しています。

 以上述べてきた「防衛計画の大綱」、とりわけそのコンセプトの中核となる『基盤的的防衛力構想』の考え方は、その後冷戦時代のわが国の防衛力整備、運用の根拠として重要な役割を果たし、現在もその考え方は踏襲されています。
一方、その考え方の軍事的合理性については策定当初から批判があり、特に最近になって冷戦時代の基盤的防衛力整備の考え方から脱却し、新たな防衛力整備の概念を確立すべしとの意見が主流になってきました。
(22年8月、「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」の答申)

いずれにせよ、56年の自衛隊の歴史の中で2/3近くの期間バイブル的位置づけを占めてきた防衛計画大綱の功罪についての意見は、別のコーナー『一老兵のつぶやき』サロンで紹介します。
次回は冷戦終了後、初めて改定されることになる『07大綱』について紹介します。

参考:昭和53,55,61年度版「日本の防衛」(防衛庁)