第2回:51大綱以前の時代-第1次~第4次防衛力整備計画

前回、自衛隊・防衛庁発足以降のわが国における防衛力整備の変遷について概観しました。第2回は「昭和51年度以降に係わる防衛計画の大綱について」、いわゆる「51大綱」が政府承認計画として策定されるまでの間、通称1次防~4次防と呼ばれる防衛力整備計画の概要について紹介します。

第1次防衛力整備計画(昭和33年度~同35年度)

  朝鮮戦争の停戦協定が成立した3年後の1956年、1次防と通称される第1次防衛力整備計画が決定されました。
1次防は根幹的な防衛力の整備を目標とし、朝鮮戦争の停戦に伴う米軍再編成、特に米地上軍の撤退の後を補完することを狙いとしていました。
したがって、整備の優先順位は国土防衛を重視し、陸、空、海の順で整備されることとされ、陸上自衛隊は6個管区隊、4個混成団、自衛官18万人の体制を整備し、海上自衛隊は艦艇約12万4千トン、航空機200機の整備を目標としており、特に航空機の内、対潜哨戒機は米国からの供与を国産に切り替えることを目指しました。
航空自衛隊は33個飛行隊、約1千3百機を整備目標とし、戦闘機はF86F戦闘機の後継機を選定することとされていました。


61式戦車(陸上自衛隊提供)

60式装甲車(陸上自衛隊提供)

ミサイル搭載護衛艦第1号の「あまつかぜ」(海上自衛隊提供)

国産化が始まった対潜哨戒機P2V-7(海上自衛隊提供)

F-86Fライセンス生産初号機(航空自衛隊提供)

昭和33年度に次期戦闘機として機種選定されたF-104の初号機(航空自衛隊提供)
〇第2次防衛力整備計画(昭和37年度~41年度)

 第2次防衛力整備計画は、「在来兵器の使用による局地戦以下の侵略事態を対象とした防衛体制の『基盤』の確立」を目指すものでした。
このため、陸上自衛隊ではこれまでの6個管区隊、4個混成団を13個小型師団へ改編し、自衛官の定数を現役18万人、予備自衛官3万人とされました。
海上自衛隊は、4個護衛隊群を編成し、2個護衛隊群は日本周辺の海峡を通って外洋に出ようとする敵の潜水艦を止める対潜通峡阻止に充当し、残りの2個護衛隊群は積極的に敵の潜水艦を追いかける対潜掃討の振り向ける構想で、艦艇約14万トンの整備を目標としていました。
航空自衛隊は、邀撃戦闘機の部隊18個飛行隊を含む24個飛行隊約1千機を中心に、日本の周辺の空を監視するレーダー部隊を25個警戒管制群、対空ミサイル部隊である4個地対空誘導弾部隊を整備することとされました。


大型ヘリコプター V-107(陸上自衛隊提供)

護衛艦「やまぐも」(海上自衛隊提供)

新編された第1高射群のナイキ・アジャックスシステム(航空自衛隊提供)
〇第3次防衛力整備計画(昭和42年度~46年度)

 第3次防衛力整備計画では、「通常兵器による局地戦以下の侵略事態に対し、最も有効に対処しうる効率的な防衛力」を整備することを目指し、整備に当たっては周辺海域の防衛能力と重要地域の防空能力が重視され、海上防衛力の強化が第1順位に据えられました。
海上防衛力の強化の方策として地対空誘導弾とう載艦、ヘリコプターとう載艦等の護衛艦14隻、潜水艦5隻等艦艇56隻、約4万8千トンと固定翼の対潜機60機、対潜ヘリコプター33機等の航空機を整備する計画でした。
防空力の強化のために、地対空誘導弾ホーク装備の部隊及び非核弾頭専用のナイキハーキュリーズ装備の部隊をそれぞれ2隊を編成し、各1隊を準備することとし、一方、新戦闘機として導入する機種を選定した上で、その整備に着手することになりました。
陸上防衛力の向上の主眼は、機動力の向上で、大、中型ヘリコプター83機、装甲輸送車約160両取得、輸送機10機整備及び戦車約280両更新がその中心でした。さらに、部隊の新編、現有部隊の充実が図られることになりました。


地対空誘導弾 フォーク(陸上自衛隊提供)

「はるな」型ヘリコプター搭載護衛艦(海上自衛隊提供)

新戦闘機に選定されたF-4Eファントム初号機(航空自衛隊提供)
〇第4次防衛力整備計画

 第4次防衛力整備計画策定に大きな影響を与えたのは米国の戦略の転換でした。
ニクソン大統領はベトナム戦争と東南アジアから米国は撤退することを表明した「ニクソン・ドクトリン」を発表しますが、そのドクトリンが公式化されたのが1970年度の国防報告でした。
この国防報告では「2つの主要な緊急事態と1つの小規模な事態並びに海での戦いに同時に対処する」としてきたこれまでの戦略から、「欧州あるいはアジアのどちらかへの共産主義の攻撃に対応し、アジアにおける中国の脅威に対しては同盟国を支援し、さらにいずれかの地域で発生した偶発的な事件にも対応」するという戦略には大きく転換しました。「ニクソン・ドクトリン」から新しい戦略のよって米軍の戦力が削減されるのはアジアからであり、日本もこの米軍のアジアからの撤退という安全保障環境の変化に対応しなければならなくなりました。
米軍のアジアからの撤退という事態を受け、「憲法の許す範囲で自主的防衛努力を」という気運の高まりから第4次防衛力整備計画は「自主防衛」色を強めることとなります。

  陸上自衛隊
   18万人(予備3万9千人)態勢を確立し、74式戦車160両、73式装甲車36両などの取得によって近代化を推進し、機動力の向上が図られました。
  海上自衛隊
   5,200トン型のヘリコプター搭載護衛艦2隻、対空ミサイル搭載護衛艦1隻、対艦ミサイル搭載護衛艦を含む護衛艦13隻、潜水艦5隻、作戦用航空機92機の取得により、第4次防防衛力整備計画の完成時の勢力として艦艇170隻、21万4千トン及び作戦用航空機190機が計画されました。
  航空自衛隊
   F4EJ戦闘機46機、FST-2改(F-1)支援戦闘機68機の取得などにより、第4次防防衛力整備計画の完成時の勢力としてF4EJ戦闘機120機、F1支援戦闘機60機を中心とする航空機770機が計画されました。
   さらに、沖縄返還に伴い、陸上自衛隊の第1混成団、航空自衛隊の南西航空混成団など沖縄に展開する部隊が新しく編成されることになりました。


74式戦車(陸上自衛隊提供)

多用途ヘリコプター UH-1H (陸上自衛隊提供)

ヘリコプター搭載護衛艦「しらね」(海上自衛隊提供)

「ゆうしお」型潜水艦(海上自衛隊提供)

支援戦闘機F-1(FS-T2改)(航空自衛隊提供)
〇52年度以降の防衛力整備計画の問題点

 ポスト4次防と呼ばれる52年度以降の防衛力整備計画の策定に当たってはいくつかの問題点あるいは反省が指摘されました。
一番に指摘しておかなければならないのは国民の間には,わが国の防衛力がどこまで拡大されるのか,政府は具体的な防衛力整備目標を示すべきではないかという声が生まれてきたことです。

その第二は、わが国の経済がこれまでの高度成長経済からの軌道修正が求められており、防衛費についても今後大きな伸びを期待することは困難であると判断されたことでした。
その他、基地や隊員の獲得の問題などもあり、これまでの3年あるいは5年の防衛力整備計画を廃止して整備目標をより具体的に、そして明確にするため「基盤的防衛力」という構想が採用されました。
「基盤的防衛力」の採用とともに、昭和52年度以降の防衛力の整備について大きく変わったのが予算のあり方でした。これまでは「5か年固定方式」がとられてきましたが、「基盤的防衛力」の整備では毎年、必要な決定を行う「単年度方式」が採用されました。

しかし、各年度の防衛力整備を進めていくにしても、重視しなければならない主要な事業については可能な範囲で将来の方向を見定めておくことも,実際の業務を進める上で必要なことから、防衛庁(当時)では「中期業務見積り」を作成することになりました。略して「中業」と呼ばれる「中期業務見積もり」はあくまでも防衛庁内部だけのものでしたので、これを国防会議および閣議が決定する「中期防衛力整備計画(中期防)」に改められ、今日に至っています。
これら、「基盤的防衛力」、「中期防衛力整備計画(中期防)」については次回以降に触れていきたいと思います。


対戦車ヘリコプター AH-1S (陸上自衛隊提供)

ポスト4次防で建造された「はつゆき」型護衛艦(海上自衛隊提供)

F-15初号機(航空自衛隊提供)
参考:各年度防衛白書「日本の防衛」(防衛庁、防衛省)