松島基地の自衛隊機28機喪失は判断ミスか
~「最悪に備える」危機管理に英雄はいらない~
織田邦男

本稿は、平成23年12月21日 JB Pressに掲載されたものを転載したものです。

 
著者略歴紹介
昭和27年 兵庫県出身(愛媛県大三島生まれ)
昭和49年 防衛大学校卒業、航空自衛隊入隊
昭和52年 第6航空団(小松)(F4戦闘機操縦者)
昭和58年 米空軍大学(指揮幕僚課程)留学
平成 2年 第5航空団第301飛行隊長(F4飛行部隊)
平成 4年 スタンフォード大学客員研究員
平成 8年 第2航空団飛行群司令(F15戦闘機操縦者資格取得)
以後 第6航空団司令、航空総隊司令部防衛部長
  航空幕僚監部防衛部長等要職を経て
平成17年 航空開発実験集団司令官
平成18年 航空支援集団司令官
  (イラク派遣航空部隊指揮官を兼務)
平成21年 航空自衛隊退職
  現在三菱重工航空宇宙事業本部顧問

 悪夢のような「3.11」から、早くも9ヶ月が経った。
福島第一原子力発電所事故に関する東京電力の危機管理についても徐々に全容が明らかになりつつある。
危機が発生したら、初動における迅速な決断と果断な処置がいかに大切であるか、今更ながら痛感される。
他方、「初動における迅速な決断と果断な処置」を採ったとしても、これが後日、人に評価されるとは限らない。危機管理の宿命である。

「迅速な決断と果断な処置」によって、危機が無難に収まると、人々は最悪の事態が発生する可能性が存在したことまで忘却してしまう。このため、往々にして「過剰反応をした」あるいは「不必要なことをした」といった批判が後日出てくるものだ。

仮に今回の原発事故で、早々にベントを実施して圧力を下げ、消火系から海水注入を実施していたら、廃炉にはなっただろうが、放射能漏れの被害はこれほど深刻にはならず、水素爆発も生起せず、事は既に終息に向かっていたであろう。
放射能の除染で、これだけ大騒ぎをすることもなかったに違いない。

だが、これを決断し処置した人は、多分、処罰されるか、責任をとらされていただろう。放射能汚染は今回の事故とは比べて、はるかに微量だっただろうが、「ベントによって放射能を撒き散らした」、あるいは海水注入によって「廃炉にした」、「過剰反応だった」、「不必要なことをした」など、非難されこそすれ、評価されることはなかったに違いない。
廃炉の責任を問われて、株主代表訴訟が起きたかもしれない。
「危機を未然に防止する者は、決して英雄になれない」と言われる所以である。

危機管理の担当者は、この理不尽さを承知の上で決断しなければならない。後日の非難には耐えねばならないし、組織の長はこれを理解してやる責務と度量が必要だ。
危機管理には、こういう属性がついて回る。危機管理に強い国作りを目指すのであれば、国民が危機管理の属性を理解しておくことが求められる。現場の対処について、冷静に評価し理解できなければ、危機管理の教訓として蓄積することができないのだ。

東電の危機管理と対象的な事例がある。宮城県にある航空自衛隊の松島基地も「3.11」の甚大な被害を受けた。
地上にあった航空機28機が津波に襲われ、全機水没して使用不能になったのだ。だが、基地の千数百人の全隊員は、基地司令の卓越した決断により、一人の犠牲もなく助かった。

筆者は基地司令の迅速な決断と果断な処置について、大いに評価するものである。だが、これについても同様に「何故、航空機を空中退避させなかったのか」、「隊員の避難は早すぎたのではないか」など、未だに非難の声があるという。
危機管理の属性故に、こういった非難は起こるものであり、やむを得ない。ただ、国民の自衛隊であれば、正しい事実関係を国民に説明し、冷静に判断、理解してもらう必要がある。

当日、松島基地には28機の航空機があった。その内、故障中や整備中の航空機が10機あり、飛べる航空機は18機あった。午後の天候が悪化したため、14時頃には当日の全訓練が中止になり、地震が発生した時点では、6機が既に格納庫納められ、残りの12機も格納作業中であった。

14時46分、地震が発生。
15時10分には松島基地周辺に大津波が到達するとの警報を気象庁から入手した。これを受け、14時56分頃、基地司令は全隊員に屋上への退避を指示したという。

結果的には、大津波は約1時間後の15時54分頃、基地に押し寄せ、28機全機を押し流し、水没させた。この約1時間の空白をもって、先ほどの非難が生まれる訳である。

避難するには、正確な情報を得て、対応の実行可能性を検討し、その上で物申す必要がある。でなければ、幼い子供が輝く星空に手を伸ばし、星を取ってくれと駄々をこねるような非難になり下がる。
これでは決して危機管理の教訓は蓄積されない。
実行可能性から考えると、飛べる可能性があるのは格納作業中の12機だったろう。整備中、故障中の航空機や、既に格納している航空機を1時間以内に飛ばすのは、不可能であるのは明らかだ。

では、格納作業中の12機の航空機を、格納作業を途中で中止し、至短時間に飛ばすことは、現実的に可能であったのだろうか。
航空機の格納作業では、安全対策として火薬類(非常用カートリッジ等)に安全装置をつけたり、特殊な装備にカバーをかけたり、可動部を固定するといった作業を実施する。飛行機を飛ばすためには、これらを全部元に戻して、新たに飛行前点検をやり直すことが先ず必要となる。

また、相当な規模の大地震なので滑走路や誘導路に亀裂や断裂が生じている可能性は充分にあった。
飛行開始前には、これらを目視点検して断裂や亀裂がないこと、そして滑走路上などに瓦礫などが無いことを確認しなければならない。現代の戦闘機は石ころ一つエンジンに吸い込んだだけで飛行不能になる。管制器材も損傷を受けている可能性もあり点検、確認が必要であった。

飛行を行うには、パイロットは先ず飛行計画を提出しなければならない。その後、飛行機に到着してから、地上整備員と共に機外、機内点検を実施し、エンジンをかけて機器を立ち上げ、正常であるのを確認する。

この一連の作業を終え、地上滑走を開始して滑走路に到着し、離陸するまで40分程度は最低限必要である。
当日は天候が悪く、計器飛行状態だったため、飛行するには管制機関より管制承認を得る必要があり、更に時間を要したことは容易に想像できる。

「スクランブルでは5分で上がれるではないか」という声がある。だが、これは大きな誤解である。スクランブル待機に就く航空機は、あらかじめ全ての点検、準備を終え、パイロットの装具類なども積み込み、所要のスイッチ類をセットし、滑走路端にある特別のハンガーで待機する。パイロットはGスーツなどを装着した状態で待機する。

こういう状態であるから、命令一下、5分以内に離陸できるわけだ。松島基地は教育部隊であり、スクランブル待機任務には就いておらず、そういった施設もない。

以上のように、航空機を飛ばすには、最低限30分~40分必要であり、その他、滑走路等の点検を含めると更に時間がかかった可能性は充分考えられる。
筆者も3000時間以上、戦闘機に乗った経験を有するので、確信を持って言える。

大きな揺れが収まった14時55分頃、テレビ報道で15時10分頃には、松島基地周辺に大津波が襲来という情報があった。この時点で、もはや航空機の空中待機という選択肢はなかったのである。

現実には予報時刻から約45分後に津波は到達しているが、それは結果論である。「津波の到達時刻は45分遅延」といった確たる情報もない中で、隊員の尊い人命を博打にかけるわけにはいかないのだ。

危機管理には「最悪に備えよ」("Prepare for the worst")という大原則がある。想定した最悪事態の発生を防止するための準備をしておくが、危機が発生してしまったら、最悪事態を回避するよう全力を尽くす。
その際、最悪事態回避の為に「最善」を追求するのでなく、「次善」("Second best")に甘んじる覚悟が必要となる。危機管理のもう一つの重要な原則である。

福島原発事故でいえば、「大量の放射能漏れ」という最悪の事態を回避するため、「早急なシステム再稼働」という最善の追求ではなく、「廃炉」にしてでも「放射能漏れ」を局限するという次善策の追及が必要だった。これは拙稿「福島原発事故の教訓を日本の血と肉にせよ」で既に書いた。

松島基地の事例は、「多くの人的戦力(人命)の損失」という最悪事態を回避するため、「飛行機12機の空中退避」という最善の追求ではなく、「飛行機全28機」を失っても「隊員全員を守る」という次善の策を追求したという危機管理の成功事例なのである。

危機管理に成功しても、「何故、航空機を全滅させたのか」、「過剰反応では」といった批判が、後日出てくるのは危機管理の宿命である。だが、危機管理に携わる者はこれを甘受する覚悟を持ち、世の毀誉褒貶に惑わされてはならない。

他方、国民には情報を開示し、しっかりときめ細かく説明していくことが必要である。基地に来てもらって、戦闘機の発進までの一連の流れを実地に見学してもらうのも一案だろう。

未だに松島基地の事例を非難する評論家と称する人達がいる。ほとんどが間違った知識によるものである。現役の人達は、こういった誤った非難に萎縮してはならない。

あくまで「最悪に備えよ」("Prepare for the worst")という原則のもと、事が起きてしまったら、「次善」("Second best")に甘んじてでも、最悪事態を回避するという大原則を、自信をもって朴訥に、そして堂々と墨守することが求められる。
危機管理に成功しても決して英雄にはなれない。これが危機管理である。
危機管理に英雄はいらないのだ。