自衛官に聞く
東日本大震災出動指揮官インタビュー(5) 中央即応集団司令官 日髙 政広 陸将
「自衛隊・中央即応集団とは・・・」
(第2回)

 あの「3.11」から1年半。自衛隊の救援活動で一般にはあまり知られていない陸上自衛隊中央即応集団の指揮官に対するインタビューを3回に分けてお届けします。
 今回は「東日本大震災出動指揮官インタビュー(5)」として、中央即応集団司令官の日髙政広陸将にお聞きしました。

(インタビュアー:山下輝男理事)

中央即応集団司令官 陸将 日髙 政広ひ だ か まさひろ

昭和32年宮崎県出身。
防衛大学校卒(23期)。
第12師団司令部第3部長、陸上幕僚監部防衛部編成班長、
第5特科連隊長、陸上幕僚監部厚生課長、富士学校特科部長、
北部方面総監部幕僚副長、第1特科団長、
中部方面総監部幕僚長兼伊丹駐屯地司令、第6師団長等。
現在自衛隊中央即応集団司令官(朝霞)
―一CRFの出動の状況を教えてください。集中した部隊と集中状況等、全国から集中した化学部隊をも含んでお願いします。
日高: 3月11日の発災後、ただちに第3種非常勤務態勢に移行し、3月14日、原子力災害派遣活動を開始しました。福島第1原発への空中・地上からの放水等を行いました。
 また、化学科部隊の態勢は、編成表にあるとおり、固有の部隊の他に3月17日以降、全国の師団・旅団から配属を受け、活動を実施しました。
 なお、7月20日00:00の陸災部隊(東北方面隊)への任務移管をもって、全ての配属化学科部隊の指揮を解いております。

CRFの出動状況(化学科部隊の態勢含む。)


―一中央特殊武器防護隊の編成概要・能力及び発災後からの行動状況を教えて下さい。
日高: 表を見ながら説明しましょう。

○編 成
 中央特殊武器防護隊は、第102特殊武器防護隊と第103特殊武器防護隊の2個防護隊を保有し、核(放射性物質)・生物・化学攻撃事態において、迅速に対処できるよう編成されています。
○能 力
 中央特殊武器防護隊は、陸上自衛隊最大の化学科部隊であり、放射性物質・生物剤及び化学剤により汚染された地域の偵察、除染による無毒化等を実施します。


○発災後からの行動については表にある通りですが、発災後から様々な活動を行っています。











―一中特防隊長岩熊1佐乗車の車両が大破したと伺いましたが、差支えない範囲でお話頂けますか?
日高: 3月13日から福島第2原発への給水活動を実施していたところ、14日07:00、原子力災害現地対策本部から福島第1原発第3号機に対する給水要請があり、隊長以下6名(小型車1両(隊長車)・水タンク車2両)は第1原発内の放射線量率及び作業場の安全確認のため、第1原発へ向けて前進しました。
 同日10:40頃、第1原発に到着し、同正門において東京電力社員と合流、東電ワゴン車の誘導に従い、第1原発敷地内に進入し、同施設内の免震重要棟において東電のヨウ素対応全面マスクを受領し、装着しました。
 11:00頃、給水点へ移動し、給水作業のため車を降りようとした瞬間に第3号機が爆発、大量のコンクリート瓦礫が車両に降りそそぎました。コンクリート瓦礫の崩落が収まった後、車両から下車し、瓦礫の中を接近した経路の逆方向に徒歩で離脱しました。給水等の作業をしていた東電の職員十数名も、隊長以下6名と同方向に徒歩で離脱しました。
  隊員6名中4名が負傷(自力で歩行可能)、東電職員も負傷していましたが、歩行不能者は1名のみでありました。歩行不能者を救出後、東電職員とともに全員別の車両に乗車し、急いで現場を離脱しました。
 危機一髪の状況でした。

(第2回了)