手記『東日本大震災ー災害救助犬出動す』(1)

NPO法人 救助犬訓練士協会(RDTA)
国内渉外担当・防災士  山田 道雄

Day 1 (3月11日) 地震発生―出動準備

わが国観測史上最大規模のマグニチュード9.0を記録した「東北地方太平洋沖地震」の発生時、東京・原宿の水交会で会議に参加していた。たぶん築後四十年以上で古い耐震基準の建物はかなりの時間比較的ゆっくりと大きく揺れた。皆直ぐ屋外に飛び出したが、付近の高層ビルが左右にゆっくり揺れているのがはっきり視認できる。震源地から300km以上離れた東京の高層ビルをゆったりとした揺れをもたらすのは、周期が数秒から十数秒と長く「長周期地震動」と呼ばれ、ビルがこの揺れに共振すると思いがけない被害の出ることがある。一瞬それではないかと防災士試験のときに学習したことが頭をよぎった。2003年9月26日に発生した十勝沖地震では、震源から250kmも離れた苫小牧市で、石油タンクが火災を起したが、これは長周期地震動との共振によるスロッシング現象であった。

 テレビは震度7、初めて聞く大津波警報を伝えている。会議は始まった直後でかなり重要な案件であったこともあり間もなく再開されたが、議長に事情を話して中座、帰宅する事にした。隣にいた仲間が黙ってペットボトルのお茶を一本渡してくれた。歩いて原宿駅に行く途中の竹下通りはいつもどおり若者で溢れていたが、一種異様な雰囲気が漂っている。山手線は全線不通なので線路に沿って新宿駅まで歩くことにした。途中ATMで現金10万円を下ろし、コンビニに立ち寄り電池式の携帯充電器を買い、店の前の公衆電話から自宅に電話を入れたがつながらなかった。この時点では公衆電話に2、3名並んでいたがコンビニは混雑するほどではない。

 15時半ころ、新宿南口に着き、駅ビルの大スクリーンに映るTVで情報収集をしつつ運転再開を待つことにした。スクリーンの映像は襲来した津波に流される家屋の状況を生々しく伝え、甚大な被害を予測させる。新宿駅で運転再開をしばらく待ったが、湘南新宿ライン、中央線も含め全面運休で再開の可能性は低いと判断、首都高も閉鎖中なので一般道をタクシーで帰る事にした。ところが、タクシーがなかなかつかまらない。都庁まで行けば何とかなるのではと歩き始めたところ、幸運にも燃料補給のため回送中のタクシーを捕まえ鎌倉まで行けることになった。第三京浜、横浜新道、一国経由で自宅についたのが4時間後の22時半頃。北鎌倉駅を過ぎた所で事情を話し料金の交渉をしたら、ドライバーは黙ってメーターを倒してくれた。

 帰宅すると一時間前に停電は復旧したそうだが、電話はなぜか不通。近くの公衆電話から訓練所の村瀬理事長に連絡すると、警察庁から神奈川県警を通じ災害救助犬の出動要請があり、1チーム3頭4名編成で2チーム派遣することで準備中だが東北道が閉鎖中であり、可能ならば厚木から自衛隊機で現場に進出したいと言う。すぐ自衛艦隊の当直幕僚に電話し、災害救助犬6頭、人員8名、食糧器材等の厚木基地からの輸送便の手配についてお願いをした。それから、かなりの防寒対策をして出動服に着替え、出動用リュック、手荷物を車に載せて自宅を出発、深夜2時少し前藤沢の訓練所に着いた。

 海自の方から数回連絡があり、航空便の設定について調整中なれどもかなり難しい感触。やっと、12日未明になって横須賀地方総監部から電話があり、10時厚木発で陸自霞目飛行場行きのMH-53 Eヘリ便を設定、呉地方隊の救助犬チームも我々と同行する旨の連絡を受けた。

Day 2 (3月12日) 現場進出

未明までには参集を完了し、1チーム4名3頭編成の次の2チームを編成した。

山田チーム:村瀬理事長・エロス号(七歳、ジャーマン・シェパード、)
村瀬兄・キュウ号(八歳、ラブラドール・レトリバー)
村瀬弟・マニー号(四歳、ジャーマン・シェパード)
玉川チーム:大島・あかね号(八歳、ゴールデン・レトリバー)
村山・ランディ号(八歳、ジャーマン・シェパード)
田中・アガタ号(七歳、ラブラドール・レトリバー)

このうち、マニーとアガタは初陣であるが、他の犬はいずれも出動経験を持つベテラン犬で、国内唯一のINSARAG認定犬エロスとあかねは一昨年のインドネシア・パダンの地震にも出動している。

INSARAG認定犬とは、国際捜索救助諮問グループ(INSARAG)の定めるガイドラインに基づき、国際救助犬連盟(IRO)が毎年実施している国際出動救助犬チーム認定試験(IRO SD MRT:IRO Search Dog Mission Readiness Test)に合格した犬で、現在国内ではエロス号1頭(ハンドラー:村瀬英博)しか居ない。
 村瀬・エロス号は2009年のスマトラ島パダン沖のインドネシア地震に大島・あかね号と出動し、国連(UNDAC)の指揮下で捜索活動に従事した。

留守部隊に見送られて訓練所を出発、約20分で海上自衛隊厚木航空基地に着いた。海自最大の掃海ヘリコプターMH-53E 21号機に犬(ケージ格納)、食糧、器材等を積み込んだところで、海自救助犬チームと合流する。

海自厚木エアーターミナル

21号機クルーと

犬は犬舎の中で大人しく

海自チームと合流

呉造修補給所貯油所の森田1等陸尉(貯油所には陸海空の自衛官が勤務)をリーダーとする松元事務官・金剛丸号、藤井事務官・妙見丸号、森事務官(ハンドラー)、平井1等海曹(通信)、村川2等海曹(後方支援)の2頭6名の編成。

 いずれも顔なじみで昨年10月の高知での中国四国ブロック緊急消防援助隊合同訓練で「くにさき」乗艦以来の再会である。海自の救助犬(正式には警備犬)2頭は、いずれも間もなく4歳になるジャーマン・シェパード犬でIRO認定の国際救助犬資格を有する。

呉造修補給所貯油所とRDTAとは、約5年間毎年1回警備犬と救助犬の合同訓練を続けている。山田国内渉外担当の救助犬安芸号が貯油所のある吉浦生まれという縁でこの交流が続いていたが、3年前から貯油所も試行的に救助犬の訓練を取り入れて昨年2頭が国際救助犬試験に合格。また、昨年10月は高知県で行われた中国四国ブロック緊急消防援助隊合同訓練に一緒に参加し、貯油所2頭4名、RDTA2頭3名が輸送艦「くにさき」に乗艦して呉-高知沖を移動、参集・野営訓練と捜索救助訓練に参加した。

定刻10時、21号機は官民8頭14名の災害救助犬チームを乗せて厚木基地を離陸、内陸部を北上し、一時間半ほどで仙台市郊外の陸自霞目飛行場に着陸した。ヒーター故障中のためできるだけ低空を飛んでくれたが、機内は冷蔵庫の中の様に寒い。着陸前に水浸しの 仙台空港らしきもの、遠く塩釜方面に白煙が上っているのが見え災害現場到着の臨場感を盛り上げる。霞目飛行場は津波の被害は受けなかったようであり、消防、警察の救援ヘリが頻繁に離発着を繰り返し、ランウェイの向こうにはCH-47ヘリ数機が駐機しているのが見える。

霞目飛行場着

離発着する救援ヘリ

駐機するCH-47ヘリ群

12トン車に積み込み

陸自東北方面輸送隊の12トン車に犬、食糧、器材を積み込み、国道4号線を宮城県警車両が先導して南下。信号は停電中でやや渋滞気味だが交通規制はなく、山梨ナンバーの救急車がサイレンを鳴らして通過する。道路の両側の畑が冠水し池のように見え、沿線の建物の倒壊はないが屋根がわらが脱落、店舗は営業停止中の様子。しかし、コンビニだけには長い行列が並んでいる。

13時過ぎ、活動拠点(BoO)となる宮城県警察学校着。周辺は空き地と新興住宅地で、比較的新しい建物が多い。学校は有事の防災拠点として最近建造されたらしく、地震によるひび割れが散見されるが非常用発電機による最少電源と井戸水によるトイレ用水が確保されている。一部のフロワーは住民の避難所となっているほか、警視庁、各県警察応援部隊、海外部隊の一時宿泊所として教職員、学生が後方支援を担当し整斉と運営されていた。

BoO:宮城県警察学校

県対策本部(宮城県警)からの指示で「本日の捜索は県警側の準備が出来ないので待機」とされた。犬、器材等を下ろし指定された宿泊室と犬舎の設営を行い、頻繁に余震に見舞われる中夜間の出動に備えて仮眠することにする。

 夕刻、唯一の情報源である携帯ラジオは、「15時半頃福島第1原発1号機爆発、避難指示を半径20kmまでに拡大」「津波による被害徐々に判明、行方不明者約1万人以上か」のニュースを伝えた。陸自化学学校で化学戦講習を研修済みの森田1尉から放射線のフォールアウトについて解説をしてもらう。

 19時頃、同じNPO仲間の日本救助犬協会の川合氏以下8名(救助犬2頭)が合流し、我々と行動を共にすることとなった。東北道を緊急車両の指定を受け3両で北上し、県対策本部に出頭したが何の指示もないので村瀬理事長を頼って来たという。

 22時半頃、宮城県警から翌日の任務付与があり、早朝からの出動に備えて就寝。学校から布団、毛布を支給されたので暖房はないが寒くはなかった。

(第1回了)