手記『東日本大震災ー災害救助犬出動す』(4)

NPO法人 救助犬訓練士協会(RDTA)
国内渉外担当・防災士  山田 道雄

Day 5-6 (3月15-16日) 撤収―待機

援助隊キャンプ訪問

15日早朝、村瀬理事長以下4名は、日本救助犬協会(JRDA)川合氏の車両で仙台市宮城スタジアム内の国際緊急援助隊キャンプを訪問する。我々と大変親しいIRO公認審査員のフィゼラー氏が独の救助犬部隊を率いて日本に来ているという情報があったからだ。それは結局誤報だったが、スタジアム前広場で野営中のロシアと韓国の現地活動拠点(BoO:Base of Operation)を見学することが出来た。広場には全国から参集したわが国の緊急消防援助隊の部隊も野営をしており、出動準備中の消防車両がずらりと並んでいる。その反対側の一角に国際緊急援助隊の野営地があった。

緊急消防援助隊のBoO

緊急消防援助隊のBoO

ロシア援助隊BoO

出発準備中のロシア援助隊

韓国援助隊BoO

出発準備中の韓国援助隊

今回救助犬を派遣した海外諸国の援助隊の派遣実績は以下のとおり。(外務省HP資料から抜粋して作成)

国    名救助隊員(救助犬)到着日(到着先)活動地(撤収日)
韓国(1) 5名(2頭)
(2) 102名
(1) 3月12日(成田)
(2) 3月14日(成田)
仙台市(3月23日)
シンガポール5名(5頭)3月12日(成田)相馬市(3月15日)
ドイツ41名(3頭)3月13日(成田)南三陸町(3月15日)
スイス27名(9頭)3月13日(成田)南三陸町(3月16日)
米国144名(12頭)3月13日(三沢)大船渡市、釜石市(3月19日)
英国69名(2頭)3月13日(三沢)大船渡市、釜石市(3月17日)
メキシコ12名(6頭)3月14日(成田)名取市(3月17日)
オーストラリア75名(2頭)3月14日(横田)南三陸町(3月19日)

海外からの救助犬派遣: 8カ国 計 41頭

ロシアチームは軍用機で車両毎人員器材を運んできたそうで専用の車両が整然と駐車している。救助犬は居ないようであるが国際援助部隊の出動形態としては理想的である。韓国チームには日本国内でチャーターした派手な観光バスが待機して居た。

ロシア援助隊の車両

韓国援助隊用のバス

ちょうど出発前の慌しい時期だったが、玉川リーダー(医師)は昨日縫合処置した韓国の救助犬をテントの中で診察し、経過良好を確認することができた。韓国は僅か2頭の救助犬のうち1頭が負傷のため戦線離脱、戦力半減である。

負傷した韓国救助犬

出動するもう1頭の救助犬

援助隊キャンプ訪問

“The Korea Times”によれば、この2頭のジャーマンシェパード犬は国家119救助隊(消防に相当)に属し、中国とハイチの大地震の時も出動したベテラン犬である。国内にはさらに15頭の救助犬がいるが、国際出動を認定されていないそうだ。さらに同紙によれば1頭の救助犬はその捜索効率では2万人の救助部隊人数に匹敵し、今回の日本のような大規模震災ではより有効と言う。そして、被災国では初動段階での抜群の捜索能力から救助員よりもまず救助犬を必要とする。しかしながら、救助犬の重要性はよく認識しながらも、今回韓国当局は熟練度の高い救助犬不足のため、日本派遣には大変苦慮したようである。

 それでも、韓国は第1陣5名の派遣部隊に2頭の救助犬を含め発災翌日に現地に進出させたことは素晴らしい。中国の四川大地震の時、日本隊の現場到着は地震発生後72時間以上経過後となったが、それでも3頭の救助犬を第1陣に含めず、第2陣として派遣した日本の国際緊急援助隊とは大違いである。(当時の新聞報道で知ったが、この対応について我々救助犬関係者は未だに理解できない)

 麻薬探知犬や盲導犬と異なり、災害救助犬の育成訓練にはより厳しさと、より多くの時間を要し、犬とハンドラーに対して臨機応変の判断処置が求められる。一般に、最初の出動まで完全に訓練するには1頭あたり3~4年の期間を要し、最大2億ウオン(176,000ドル、約1,500万円)の経費が掛るという。また、他の分野の使役犬と異なり、危険な環境下での任務遂行のため死傷する可能性が高い。

 韓国ではこれまでサムスングループが企業の社会貢献事業の一環として盲導犬、聴導犬、麻薬探知犬等を育成訓練し、官公庁等に寄贈してきたが、昨年10月盲導犬を除きこれらの事業からの撤退を発表した。サムスングループは救助犬についても熱心に取り組み、これまで救助犬セミナーや救助犬出動認定試験(MRT:Mission Readiness Test)を開催し、IROの極東代表として指導的役割を果してきた。特に、2008年のIRO-MRTはアジア地区で初めて実施されたが、サムソン救助犬訓練所がその準備、運営を担当し見事な成果を挙げた。日本からは9名7頭が参加し、チームリーダー2名、ハンドラー1名1頭が合格した。今回のRDTA出動チームのうち5名3頭はそのMRTに挑戦している。

 前掲の“The Korea Times”によれば、1998年からサムソンは38頭の救助犬を救助隊に寄贈し、うち19頭が老齢または負傷で引退した。中央救助隊は新たに訓練センターを創設し、4名の訓練士を採用した。同センターはサムスンに寄贈された11頭の犬たちと共に4月から発足するという。これまで韓国の公的機関(軍、消防)は救助犬の育成を民間企業の社会貢献事業に頼ってきたが、今年から消防が自前で救助犬の育成を行って国内外の出動体制を固めていく事になったのである。

飛行場閉鎖―離脱計画

この日11時頃、海自側から霞目飛行場が使用禁止となった旨の情報、続いて12時のニュースによると、福島原発から半径20km以内は避難指示、20kmから30km以内は屋内退避指示が出された。簡単な地図で確認すると原発から霞目飛行場までは約100km。断片的な情報なので何故霞の目飛行場が閉鎖されたか分らない。そういえば米国の航空母艦「ロナルド・レーガン」の艦載ヘリが放射能で汚染されたので除染作業をするとかいうニュースを聞いたような気がする。政府の公表以上に汚染地域が拡大しているならば飛行再開までは長期となる。民間団体のRDTAとしては、最悪の場合を考えレンタカーまたは知人車両による藤沢までの独自の撤収案の検討を始めた。そのうち、15時頃海自横須賀総監部から19:00霞目発、21:15厚木着で飛行便を設定予定(この間飛行場オープン)との連絡があったので、この独自離脱案の検討はしばらく凍結された。しかし、雨のためこのフライトは結局中止となる。

 翌16日も夕刻に飛行便が設定されたが、これも天候不良のため飛行中止となった。

Day 7 (3月17日) 帰投

11:45霞目飛行場離陸予定で海自のMH-53E便が設定された。警察学校を撤収し関係各部に挨拶をして陸自の12トン車に荷物を搭載したところで記念撮影。犬たちは車の中だが、帰れることを察知して心なしか嬉しそうだった。

宮城県警察学校を撤収

朝は晴れていたがそのうち天候急変で霞目飛行場はにわか雪となった。予定より30分以上遅れて飛来したMH-53E 29号機が雲の切れ目を見て離陸、遠く海上を迂回して15時前厚木に無事着陸した。直ちに機内で放射線検査を受けたが人犬ともに異常はなかった。

悪天候下飛来した海自ヘリに急いで荷物を搭載

無事厚木飛行場着

取材を受ける村瀬理事長

RDTA、海自チーム総員で厚木基地の畑中航空集団司令官に表敬挨拶をし、ねぎらいの言葉をいただいた。厚木基地では思いがけず基地広報係と地方新聞の取材があったが、第111航空隊司令以下海自隊員から暖かい歓迎を受け、RDTA事務所まで送ってくれた上軽食の差し入れまでいただいた。16時半頃留守部隊の出迎えを受け、5日ぶりに本部(事務所)に無事帰着した。

(第4回了)

新聞記事(PDF): 人命救助に尽力 – 神奈川新聞 平成23年3月18日