第6回:テーマ2『災害派遣・原子力災害派遣』(その4)
チャンネルNippon編集局
山下講師:第4回配信は、発災3ヶ月を迎えての災害派遣の総括です。

猪狩先生:6月11日で、大震災から3ヶ月が過ぎ、未だに8000名余の行方不明者が居られ、瓦礫撤去もままならぬ状況が継続し、福島原発収束に向けた動きも一進一退を繰り返しています。
 この間における自衛隊の災害派遣は各界から高い評価を受けています。3ヶ月と言う節目にあたり、自衛隊が行なった災害派遣を総括して頂きたいと思います。


さくら女史:先ず、大規模震災災害派遣と原子力災害派遣の夫々の災害派遣において自衛隊が実施した活動内容を教えて下さい。
山下講師:解りました。自衛隊が実施した活動内容はスライドにお示ししている通りです。

スライド1


 ず、大規模震災災害派遣で実施した内容について特色等を補足説明しましょう。

  自衛隊の災害派遣の最大の眼目は人命救助です。今回は、御承知のように自衛隊の初動対処が極めて迅速だったので、御遺体収容約9000余に対して生存救出した者約20000名となっています。出動が早ければ早いだけ多くの人命を救助出来ることを示して居るといえましょう。

  今回の大震災での死亡原因は大多数が水死とか言われて居ります。阪神淡路大震災では圧死された方が殆どでした。また、今般は、津波にさらわれた方が多かったので、未だに行方不明者の方が8000名近く居られます。これが阪神淡路大震災の人命救助との相違ですね。捜索範囲が人家周辺に限られることなく、且つ陸地に止まることなく海上までをも含む極めて広範囲になりました。陸上部隊のみならず海上部隊、航空部隊をも展開して大掛かりな捜索となったのです。今回の人命救助捜索活動の困難性を解って頂けるでしょうか?

  2で説明したように、御遺体の収容が9000体以上でした。本来ならば、御遺体を発見したならば警察や行政機関にお引渡しをすれば自衛隊としての任務は終了なのでしょうが、御承知のように行政機能は麻痺しており、御遺体を取り扱う能力を遥かに超えておりましたので、御遺体を搬送し、状況によっては埋葬支援を行い、御遺体の安置管理までを行なっています。これは平素の災害派遣では考えられないことです。

  給食・給水、医療支援、入浴支援等の所謂生活支援は発災直後からニーズが発生し、ライフラインが回復するまで継続するのが常ですが、今回は未だに8万名に上る避難生活を続けておられる方が居られるので、相当長期の支援となるのではないかと思われます。
   これ等の生活支援には行政との密接な調整が不可欠ですが、充分に機能しているとはいえない状況ですので、自衛隊自らが調整を行うこともあるようです。
   生活支援の中でも一番喜ばれるのが入浴支援です。矢張り日本人なのですね。

  「道路啓開」という耳慣れない言葉が出ています。途絶した道路を開設したり、通行上の障害となっている瓦礫を除去して交通アクセスを確保することです。自衛隊が橋を架けていた状況が放映されました。これもその一環と捉えて良いのではないでしょうか?
   また、水路啓開という語彙も出ていますが、港等に流れ込んだ瓦礫を除去して、船が航行できるように水路を確保することです。海自艦艇のスクリューが瓦礫で相当痛んだようです。

  防疫支援も重要な任務です。被災地の衛生状態が悪くなり悪性の疾病が蔓延する危険性を予防するために必要な薬剤の散布を行ないます。

  音楽演奏が最後に掲げられていますが、師団や旅団音楽隊、方面音楽隊等が被災者の方を力づけるために音楽演奏を行なっており、好評を博しています。音楽の力は偉大ですね。

  次に原子力災害派遣における自衛隊の活動の特色を説明しましょう。原子力災害派遣にいて自衛隊が出来ることは限られています。住民の避難支援、除染活動及びモニタリングが自衛隊の主たる任務と考えられています。今般は、予期していた活動を遥かに越える活動をしました。隊員たちは放射能の危険と戦いつつ、身を挺して原発の暴走を食い止めるために必死の活動をしました。

  給水車やパージによる給水支援は勿論のこと、ヘリや自衛隊航空基地の特殊消防車による原子炉への放水等はテレビでご覧になったとおりです。
  これ等の自衛隊をはじめとする警察・消防の必死の活動が米国の真剣な支援を引き出し、各国からの大いなる励ましともなったのではないかと考えています。



安田社長:自衛隊の隊員皆さんのいのちがけの活動や任務をも超越した被災者のためにを第一義とした活動内容が良く解りました。発災直後から今日に至るまでに自衛隊の活動状況の変化を教えて下さい。
山下講師:解りました。自衛隊の災害派遣における平素の態勢を確認していただき、次に今回の態勢を説明しましょう。

スライド2


スライド3


 害派遣に関する平素及び発災時の態勢は,スライド2の通りです。防衛大臣の方面隊等に対する指揮を統合幕僚長が補佐することとなっております。被災地の管轄する統合された指揮組織はなく、各々の部隊が防衛大臣の指揮を受けることとなっていました。然しながら、陸・海・空自衛隊の統合した運用が必要でもあり、米軍との関係においても統合すべき必要もあり、スライド3のように統合部隊を編組しました。

 防衛大臣の下に、原子力災害派遣命令に基づく原子力災害派遣部隊と、災統合任務部隊(JTF東北)を編組しました。(JTF:Joint Task Forces)

 JTF長には君塚東北方面総監が任ぜられ、陸・海・空の災害派遣部隊を一元的に指揮するようにしています。自衛隊の歴史始まって以来の画期的な出来事です。統合幕僚長は、防衛大臣を補佐すると共に、防衛大臣の命令を執行すべく細部に関して指示する様になっています。

 原子力災害派遣部隊については、中央即応集団司令官が統一的に指揮するようにしています。


保クン:有難う御座いました。自衛隊の統合運用体制が逐次に結実しつつあるということを実感します。それでは、具体的な活動状況を教えて下さい。どのような部隊がどれ位展開しているのかをお願いします。
山下講師:それでは、発災直後の状況、自衛隊の最大派遣規模の時の状況そして3ヶ月経った6月11日現在の状況をスライドで説明します。

スライド4


スライド5


スライド6


 ず、3月12日の状況ですが、人員、航空機及び艦艇の総数はスライド4の通りです。陸上自衛隊は、東北地方を管轄する東北方面隊の6,9師団等の他に北海道、関東中国及び九州の部隊が被災地に向け前進或いは前進を準備している段階です。平素各地に配置されている陸上部隊をイザという時に必要な地区に集中して対処することとしています。従って、鈍重な陸上部隊を迅速に集中させるための戦略輸送力の確保が重要です。自体輸送力でも、海空自の輸送力を活用しても極めて不十分ですので、民間フェリー等の輸送力を活用することになりますが、必要且つ充分か輸送力を確保し得るかどうかがポイントです。

 発災当初、何処がどれ位の被害を受けているのか定かではありませんでしたので、「とりあえず東北地方に前進し東北方面総監の指揮を受けよ」とも言うような包括的な命令の元に各部隊は各部隊は行動したようです。

 海空自衛隊は自らの機動力を発揮して被災地周辺に展開を開始しました。
 陸上自衛隊の中央特殊武器防護隊の隊員等80名も、命により展開を開始しています。


 大規模の派遣は、3月下旬です。スライド5は、3月26日の態勢を示していますが、自衛隊の総人員数は約107,000名、航空機は538機、艦艇は53隻に上っています。

 この約11万名という数をどのように考えれば良いのでしょうか?災害派遣に従事している人間、駐屯地や基地を維持管理する要員、そして交代する要員等を考慮すると自衛隊が災害派遣に派遣し得る限界ですね。一時的にはこれ位の数を派遣するとこは可能だとしても、私の経験上からは不可能だろうと思います。

 今回のもう一つの大きな特色は、予備自衛官及び即応予備自衛官を災害派遣に実招集したことです。北沢防衛大臣は、3月16日、即応予備自衛官及び予備自衛官を逐次招集し、主に東北地方で被災された方々への生活支援活動等の場で運用したいとして、防衛省・自衛隊として初めてとなる災害招集命令を発出しました。


備自衛官制度の概要を説明しておきましょう。

○ 予備自衛官等制度における3区分
任務の内容や招集の義務に応じ、大別して非常勤の隊員の任用形態として即応予備自衛官、予備自衛官、予備自衛官補の3種があります。

○ 即応予備自衛官
防衛力の基本的な枠組みの一部として、防衛招集命令等を受けて自衛官となってあらかじめ指定された陸上自衛隊の部隊において勤務、平成9年から開始
自衛官として1年以上の勤務者であり、退官後1年未満の者若しくは予備自衛官(予備自衛官補からの任官者を除く)から採用 、現員5800名余(昨年度末)

○ 予備自衛官
防衛招集命令、災害招集命令を受けて自衛官となって勤務
自衛官として1年以上の勤務者 又は予備自衛官補の訓練を満了した者から採用
現員:陸・海・空合計33000名余(昨年度末)
  予備自衛官の6月10日現在の派遣状況は以下の通りです。ある即応予備自衛官の招集命令受領から活動までの行動が報道されていたので、御記憶かと思いますが、彼等は極めて高い任務遂行意識・士気を持ち、立派に任務を遂行してくれたと高い評価を得ています。

即応予備自衛官約2200名((~13次)招集解除今後の予定なし
予備自衛官約340名+50名(6月10日現在活動中)340名は招集解除50名招集中
5名全員招集解除今後の予定なし
23名全員招集解除今後の予定なし

最新の活動状況は、スライド6の通りです。


Mr.フォーク:今回は諸外国からの物心両面にわたる各種の支援が行われましたが、その中でも米国(軍)の協力は群を抜いていました。自衛隊と米軍の調整はどのように行われたのですか?また、米軍が行った[TOMODACHI作戦]の概要を教えて下さい。
山下講師:解りました。自衛隊と米軍は、平素の密接な連携関係をさらに助長して素晴らしい共同の実を挙げたのではないでしょうか?

スライド7


スライド8


スライド9


 軍と自衛隊の調整組織はスライド7の通りです。

 米軍は、パトリック・ウォルシュ米海軍太平洋艦隊司令官を指揮官として、米海軍太平洋艦隊司令部を中心とする300人規模の統合支援部隊(JSF)を編組し、司令部を横田基地において活動しました。米軍は、自衛隊との共同支援活動を「Operation Tomodachi(トモダチ作戦)」と命名し、最大時に原子力空母「ロナルド・レーガン」を含む艦艇約20隻、航空機約160機、兵士2万人以上の規模(防衛省発表)で日本の震災支援と福島第一原発の事故対処に任じました。

 米軍の統合支援部隊(JSF)司令部の規模は、まさに日本有事における日米共同作戦を今回の災害支援で実現しようとするほど大規模で、質・量ともに「自衛隊と米軍が協力する最大規模の作戦」(防衛省幹部)でした。共同支援活動について外務省幹部は、「オペレーションの性質は違うが、民間施設の利用や上陸など実態的には朝鮮半島有事を想定した訓練となった」と評しています。

 日米両部隊の活動は、防衛省統合幕僚監部のある市ヶ谷、米軍統合支援部隊(JSF)司令部が置かれた横田、自衛隊統合任務部隊(JTF)司令部が置かれた仙台の三ヵ所に統合調整所を設けて調整された。具体的には横田における米軍統合支援部隊(JSF)司令部(防衛省は番匠陸幕防衛部長を長とする共同調整幕僚を派遣)と防衛省統合幕僚監部(市ヶ谷)との間の共同連携、防衛省統合幕僚監部(市ヶ谷)と自衛隊統合任務部隊(JTF、仙台)および中央即応集団(CRF)司令部の間の、また自衛隊統合任務部隊(JTF、仙台)は米軍統合支援部隊(JSF)隷下の海・空・海兵・陸の各部隊と綿密な調整に基づき実施されました。
 米軍の災害緊急援助活動の状況ですが、データが少々古いですが、スライド8,9の通りです。



カオルさん:現在までの自衛隊の災害派遣活動の実績を説明して下さい。
山下講師
スライド10

 発災以来3か月間の自衛隊の活動実績はスライドの通りです。
 スライド1で示しました通り実に多くの活動を行っておりますがここでは主要なものに限定して実績を示しています。

安田社長:自衛隊として初めてとなった原子力災害派遣について説明して下さい。
山下講師
スライド11


スライド12

 スライド11で、原子力災害派遣における活動状況を時系列で示しております。
 発災当日の夜には埼玉県大宮市に所在する中央特殊武器防護隊が福島第一原発に向け出発し、翌12日未明には、原発事故の際の現地対策本部であるオフサイトセンターに到着しております。
 当日には自衛隊が原発事故の際に想定していた避難民の輸送支援を実施するほか、14日以降原発を冷やすための器材等の空輸を実施しています。
 15日には、皆さんも固唾を飲んで状況を見守ったCH-47ヘリによる原発3号機への散水を4回実施しました。消防車による放水作業をも実施しました。

 もう少し具体的述べましょう。

 福島第一原発の事故に対し、中央即応集団(CRF)隷下の中央特殊武器防護隊、対特殊武器衛生隊などの特殊装備・隊員などで支援しました。中央即応集団(CRF)は、米軍専門部隊との調整にも当たり成果をあげました。

 活動内容は、福島第一原発近傍で政府から避難や屋内退避を指示された範囲の人々等に対する避難の呼びかけや避難支援、給水支援、地域住民や政府や東電の人員を含む人員及び物資輸送、放射能で被曝した人の除染などの作業です。
 さらに、原子炉冷却のための放水やヘリコプターによる空中散水、原子炉等のモニタリング、地上作業や原発事故の状況のなどの空中撮影、ヘリコプターによる放射能の強度や原子炉温度の空中測定支援、集じん飛行支援、ヘリコプター映像伝送による官邸及び報道機関等への情報提供等も行っています。

 首相指示で自衛隊が警察、消防を指揮
 福島第一原発の事故対応として、放水して冷却することになり関係組織が集合しましたが、指揮調整系統が十分でないため現地で混乱が生じました。そのため3月20日付で原子力災害対策本部長(菅直人首相)から警察庁長官、総務省消防庁長官、防衛相、福島県知事、東京電力社長宛に次のような「指示書」が派出された。放水などの実施要領は「自衛隊が中心となり、調整のうえ決定」し、作業実施も「自衛隊が一元的に管理する」。限定された場所ではあるが、自衛隊が警察や消防の指揮を執るよう首相が指示したのは史上初めてです。(11.4.22M)

 最悪の事態に備え24時間態勢で待機、
中央即応連隊は96式装甲車8台をもって、原子炉建屋で重大事故が発生し多くの作業員が被曝した場合を想定し、その救出のため24時間態勢で待機中。
夜間、悪天候でも現場に到着し、事故で被曝した作業員の放射線量を測定、装甲車まで運んで救出することが可能である。
2機の輸送ヘリCH47が霞目(宮城)と木更津(千葉)で常時スタンバイ。緊急連絡から離陸まで15分、機体は24人分の担架を収容でき、防護服と同じ素材で覆って改修。連絡から2時間で救出を完了できるように訓練できている。
ヘリ部隊には、核燃料が再臨界に達し暴走する事態を防ぐため、「使用済み核燃料プールにホウ酸を直接投下せよ」との準備指示が与えられた。20m四方の目標に対し、高度約30mでヘリを接近、目標真上でヘリを停止させ約20mのロープの先に吊るした5トンのほう酸を4回実施(再臨界を防ぐには20トンのホウ酸が必要)するよう訓練。第一原発は最悪期を脱したため、ホウ酸投下の準備指示は解除された。
陸海空自衛隊の高圧消防車が336トンの水を放水し原子炉を冷却、その後も待機したが、5月上旬に消防車による放水任務も解除された。


さくら女史:現在の活動状況を教えて下さい。
山下講師:スライド12をご覧ください。場所と活動内容を示しています。
スライド12

○ スクリーニングとは、放射線量検査 / 表面汚染検査であり、放射線量を測定し、基準値以上であればそれなりの処置をする必要があります。
 衣類や身体からどれだけベータ線が放射されているかを調べるわけです。単位はkcpmで測り、カウント・パー・ミニッツといいます。基準値が100kcpmなので、それ以下ならば問題ありませんし、それ以上ならば衣類を破棄するなどの対応をしてもらうことになります。

○除染というのは、放射性物質による汚染を除去するということなのです。
 <除染する際の注意>
 ◆汚染を生じたらできる限り早目に除染するのが原則
 ◆汚染している部位を広げないようにする(汚染の局所限定)
  まず衣服に放射性物質が付着していないか測定して、汚染が確認されれば服を脱ぎ、服はポリ袋などに密封する。 体の表面に物質が付着していた場合には、タオルを使って生ぬるい湯で洗い流すのが基本だという。せっけんと水でよく洗えば、皮膚表面の汚染はのぞける。肌を傷つけないよう、皮膚が赤くなるほどこすったり、爪を立てたりしてはいけない。 除染したら、放射性物質が取り除かれたかを測定して確認します。

(第6回了)