第10回:『国際緊急援助・邦人輸送』(補講)
チャンネルNippon編集局


Mr.フォーク:先生、この前の自国民救出に関しての質問ですが、追加質問をしてよろしいでしょうか?

猪狩先生:どうぞ、遠慮なく質問してください。

Mr.フォーク:自衛隊が邦人の輸送をできることはわかりましたが、必要な場合邦人の救出はできるのでしょうか?

猪狩先生:我が国の「在外邦人等の輸送」については、軍事作戦を伴う救出活動は想定しておらず、その本質は、輸送の安全が確保されている場合のみに行われる輸送業務です。

Mrフォーク:その「輸送の安全が確保されている」とは、具体的にどんな状態をいうのですか?

猪狩先生:「輸送の安全が確保されている」とは、航空機・船舶の正常な運航を不可能ならしめる要因がないことを意味します。
具体的には、航空機・船舶の通常の運航に必要な施設(管制・保安施設、航空機の離発着や船舶の出入港に必要な滑走路・埠頭など)が正常に機能していること、輸送に従事する航空機・船舶の機能を損なわせるような攻撃等がこれらに加えられる危険が予想されないことをいいます(『日本の防衛法制』183頁)。

 緊急事態下で輸送手段の安全を確保することは容易なことではありません。
従って、諸外国では軍隊が使われますし、状況によっては軍事力の示威(注)や戦闘機を空中で待機させてでも自国民の安全を確保しようとしているのです。

(注)1997年アルバニア暴動におけるイタリア軍の例(橋本・林論文「軍隊による在外自国民保護活動と国際法」参照)

安田社長:自衛隊機が初めてイラクの報道関係者(邦人)を輸送した実績については分かりましたが、逆に、外国で緊急事態が発生したにも関わらず、自衛隊機(政府専用機)が派遣されなかったことがありますか?
もしあったとしたら、邦人の安全はどのように確保したのですか?


猪狩先生:在留邦人を国外に移動させなければならない事態はこれまでに20数回発生しています。
後で述べる特殊な1事例を除いては自衛隊機が派遣されたことはありません。
当該地域の近くまで進出し待機したことは3回、国内で待機したことが2回あります。 
在留邦人の安全確保は、下記のようなことで行われました。

・ 大使館の待避勧奨のよる或いは大使館が用意した車両や列車を使っての自力避退
・ 政府の依頼による民間機の臨時運行或いは政府のチャーター機による避退
・ 居合わせた外国の航空機(民間機及び軍用機)への同乗
・ 日本政府から外国政府への同乗依頼

安田社長:外国政府に同上を依頼した場合、断られることはないのですか?

猪狩先生:過去の事例では、ありませんでした。
 殆どの国がこの様な状態の時に輸送する人の国籍を云々することはないようですが、米国は優先順位を米国籍保持者、グリーンカード保持者、イギリス人、カナダ人、その他としています。

 極論すれば、ギリギリの状況では自国民を優先して、日本人は残されると言うこともあるわけです。 そうでないとしても、能力を持ちながら動かず他国に依存すると言う態度は独立国として、どんなものでしょうか。

安田社長:最近金正日の死去に伴い、「朝鮮半島有事の場合、拉致邦人を自衛隊が救出せよ」という議論がありますが、正式な国交のない北朝鮮の場合でも同じですか?

猪狩先生:拉致邦人を連れ戻す際、妨害が予想されますが、そのような妨害を実力で排除する権限は自衛隊法に規定されておりません。
 邦人等輸送については、自衛隊法に武器の使用規定がありますが、これは、「輸送の安全」が確保されている場合であっても、緊急事態であるが故に生じ得る不測の事態に対して、隊員やその保護下に入った邦人等の生命又は身体を防護するための必要最小限の武器の使用のために規定されたものです。

 この場合の「保護下に入った邦人等」とは、空港や港湾において出国に関する手続きを終え、在外公館側から引継ぎを受けた邦人又は外国人を指します。

 また、自衛隊法第95条の武器等防護の規定については、これも輸送の安全が確保されている状況においても、我が国の防衛力を構成する重要な物的手段を防護する必要性が認められることから、邦人等輸送に際し適用されることとなったものです。

安田社長:総理大臣の命令指示により超法規的処置としてもできないのですか?

猪狩先生:自衛隊が行動、活動し、その権限を行使するためには、法律上の明文の規定が必要です。


安田社長:これまで各国の軍隊による自国民の救出の事例はどのくらいありますか。

猪狩先生:ある調査によれば、次の12事例が挙げられています。
橋本・林論文「軍隊による在外自国民保護活動と国際法」参照

N0
発生年
対象国
地域
活動国
救出数(自国民)
1990
リベリア
アフリカ
アメリカ
100
1990
ソマリア
アフリカ
アメリカ
イタリア
不明
③ー1
1994
ルワンダ
アフリカ
ドイツ
11
③ー2
同上
同上
同上
イタリア
284 (92)
1995
イエメン
アフリカ
フランス
ドイツなど
総計3,000
1996
中央アフリカ
アフリカ
フランス
不明
1996
中央アフリカ
アフリカ
アメリカ
フランス
13
不明
⑦-1
1997
アルバニア
ヨーロッパ
ドイツ
130 (13)
⑦ー2
同上
同上
同上
イタリア
1、515 (411)
⑦ー3
同上
同上
同上
フランス
106 (45)
⑦ー4
同上
同上
同上
イギリス
アメリカと合流
⑦ー5
同上
同上
同上
アメリカ
800
1997
ザイール
アフリカ
アメリカ
イギリス
フランス
ベルギー
500)
(250)

総計1,500
⑨-1
1997
カンボジア
アジア
オーストラリア
不明
⑨ー2
同上
同上
同上
タイ
数百名
⑨ー3
同上
同上
同上
フィリピン
不明
⑨ー4
同上
同上
同上
マレーシア
800
⑨ー5
同上
同上
同上
シンガポール
452(304)
1998
エリトリア
アフリカ
イタリア
ドイツ
アメリカ
351 (237)

総数2,400
2000
シェラレオネ
アフリカ
イギリス
350
⑫ー1
2000
ソロモン
アジア
オーストラリア
ニュージーランド

総計1,065
⑫-2
同上
同上
同上
マレーシア
88 (58)

安田社長:これらの国際法上の根拠はあるのですか。

猪狩先生:これらの事例の救出作戦において各国が主張している国際法上の根拠として国連憲章第51条に基づく自衛権によるもの、自衛権に基づくものとは言わず国連憲章などの国際法が禁じてはいないとして正当性を主張するもののほか、特に明確な理由付けを行っていないものがあります。

少なくとも、軍による在外自国民救出活動を正当化するための単一の法的根拠は存在しておらず、さまざまな学説があります。
橋本・林論文「軍隊による在外自国民保護活動と国際法」参照)